2022年苦衷の旅
こちらはたまさんのお誕生日に合わせて書かせていただいたものです。みんなもわらわちゃんを愛そう!
◇◇◇
おしなべて好評だったと言えるでしょう。
そんな意見が聞きたかったわけじゃない、とぼくはテーブルを叩きそうになって自制した。涼やかな目の秘書がこちらを無機質に見上げている。
ぼくは、流行を生み出したかったわけでも、他と違うことを押し出したかったわけでもなかった。個人の道楽なのだから、金銭の授受も最低限で良かった。身内とその向こう側だけで楽しみ合う、秘密の遊び場で良かった。誰かひとりにでも知っていてほしかった。ただ、それだけだった。
それが、その身内がもっとこのAIを望む人々に届けたいと言うから、一助になればいいと貸し出したような気持ちだったのに。あれよあれよと言う間に権利を買いたい会社に吸い上げられ、利益を生み出す機関になってしまった。作り手の感情など取り上げられたに等しい。こんな高層ビルからの眺めも、お飾りの椅子もいらなかった。
ぼくは机の上のタブレットを見る。
──神様プログラム。
自在に推し神を入力して、個人のための宗教へと自動で組み上げるシステム。和洋折衷群雄割拠八百万の神様犇めくこの国でなら、自分で自分を救うための神を創造して生きることも可能だと思って、作り上げた。
「いい眺めじゃのう」
まりまりとビスケットを口にしていた狐耳の少女がやおらソファーから立ち上がり、窓際へ歩いて行く。毛足の長いカーペットが相殺して、下駄の音は鳴らない。
この子はぼくの神様だ。プリセットに登録されているこの「わらわちゃん」は現在七百万ダウンロードにまで漕ぎつけており、八百万にも迫る勢いである。先ほど端的な報告を終えた秘書も自社製品を利用するためにこのわらわちゃんを所持しており、彼女のタブレットの電源が入れば、ここにわらわちゃんがもう一体現れる仕組みだ。そういうつもりで作ったわけじゃないものが、自分の手を離れて別の用途として人気になることに、言いたいことがないわけじゃない。
「わらわが話しかけとるのに無視かおぬし」
「感想かと思った」
「感想にも相槌を打つのがぎゃるの務めじゃろうが」
「ぼくギャルじゃないんだけど……」
少女の隣に立つ。お腹辺りにあるつむじを見下ろして、周囲の音にぴくぴくと動く耳が愛らしい。透けるような銀の髪が、太陽に照らされてちかちかと部屋中に光を運ぶ。いつまでも小さなままだ。彼女はプログラムだから。そしてぼくに想像力がないから、おおきくなった姿に改造する気にもならない。
「わらわの社を大きくするって言うてたが、」
「いつの話をしてるのさ。それに、あれ以来会えなかったんだから仕方ないだろ」
神様プログラムのAIは信者との会話により高度な学習を可能とする。信じてもらえないかもしれないが、わらわちゃんというのはぼくが実際に小学生の頃に遭った不思議な神様を元にしていた。神様と約束なんて簡単にするものじゃない。
それが守れない約束なら、猶更。
◇◇◇
めんどうなことになった。ほとほと呆れた。想像力が足りないのが、ぼくの一番の欠点だった。きっかけはなんだったか思い出せない。ただ、なんでこんなところに来てしまったのだろうという徒労感だけが脳内の引き出しの鍵になっている。大抵の郷愁というのはこんなものだ。情景のみで展開され、あとはインパクトのあるイベントごとで掻き消える。この記憶もそうだった。
ぼくは、山道を歩いていた。足が痛くて、心細くて、泣いてしまいたかった。最後の意地をお守り代わりに握りしめ、視線を固定してただただ、進む。一度でも休憩したら、もう二度とそこから動けなくなる。そんな予感が背中から追いかけてくるようで、無駄口もきかずにひたすら足を動かした。
周囲には痩せた杉の木が何本か地面に突き刺さっているだけで、森林というには言い過ぎ感がある景色がどこまでも延々と続いている。石ころだらけの狭い道は安いキャラクターものの靴底に突き刺さるように痛み、じんわりと血が出ているような気もした。もう何時間もそんなふうに彷徨っていた。
代わり映えのない景色の中を左右順番に足を動かして歩いていると、比較対象がないために進んでいる気がしなくなる。そのうちに現状とまったく関係のない怒りが湧いてきた。大人なら一歩で済むところをぼくの足が三歩ほどかかることに地団太を踏んだ。これでまた何歩かロスしたことに気付いて架空の大人との対決に不利になって、憂鬱になった。
そうやって迷った事実を認めたくなくてムキになって止まらずにいると、ぼくは唐突に「ほらね」という気分になった。
──そこには赤があった。
真新しいつやつやの光沢を纏った鳥居が、異様に縦に長く聳え立っている。周囲は打って変わって檜の立派な大木に覆われ、汗が引いて行くようなひんやりとした空気が漂っている。ぼろぼろの賽銭箱は傾いていて、古めかしい社の前には遠近感が狂うほどの境内が広がり、必要なのかも怪しい段数の石段の左右には狐の石像がこちらを睨んでいた。咥えているのは玉だろうか。石を彫って作ったとは思えないほどに表面がつるつるとしている。
ともかくここで少し休むことにしよう。ぼくは石段を上がり、鳥居をゴールテープのように駆け抜けた。
「あいたっ」
途端、なにかにぶつかり尻もちをつく。見上げれば、同い年くらいの少女が上体を傾けてぼくを見下ろしていた。声の主であろう少女は、発言の割には動じていない上に、ぼくのように冷たい石畳に倒れてはいなかった。彼女の長い髪が幕のようにぼくの周囲を覆うと、迷子になった不安も、なにもかも、蝋燭の火を吹き消すように喪われてしまう。
「童、おぬし鳥居の真ん中を歩くとは何事か。ぶつかってしもうたではないか」
少女が身体を起こすと、木々のざわめきに反応して髪の上にある動物のような耳がぴくぴくと動いた。ふさふさと揺れる二つの尻尾──なんの動物なんだろうか。よく見れば彼女の額が赤く色を変えている。思わず立ち上がって手を伸ばせば、熱を持っているかと思ったそこは、意外にも冷たい。
「ごめん。大丈夫?」
指にわずかに付着した血液を見るに、彼女の額と正面衝突してしまったらしい。
「構わぬ。大したことではない」
「あの、」
「なんじゃ」
「ハロウィンは終わりましたよ」
「いやこれ仮装じゃないんじゃけど」
「ぼく、道に迷ってしまって……」
言うつもりのなかったことを溢してしまい、ぼくは思わず両手で口元を覆い隠した。少女は小さく溜息を吐いて肩を竦めた。リアクションが欧米だ。今や神社もグローバル対応なのだろうか。
「着いて来い。転ぶなよ」
「そう言われると気にしすぎて転びそうになるんだよ」
本殿の方へ手招きすると、彼女は先へと歩き出してしまう。その後ろに立つと妙に視界が狭まるような気がして、不思議と足も軽くなった。長距離を歩く時は一点を見るといいと言うから、そのせいだろうか。
見た目よりもずっと長い境内からの道程を歩いている間、ぼくは一度もその背中から目を離すことはなかった。それなのに、気づけば少女は本殿の扉の中から手招きして呟いた。
「入る前にお賽銭を入れるんじゃぞ。わらわは百円だと嬉しい」
「金額指定しないでよ。お財布持ってないよ」
「なんじゃ。若者なのに無一文とは」
「だってお財布なんて必要ないし」
「ふうむ。ならば作ればよい」
「お金を作るのは犯罪だよ」
「いちいち細かいやつじゃのう。誰が造幣しろっちゅうたんじゃ。お供えものになりそうなものならなんでもよい。ぴかぴかの泥団子でも、流行りのすいーつでも、なんでもじゃ」
「流行りのすいーつかあ。君は、ここの巫女さんなの?」
「んーん。わらわはの、ここの神様なんじゃよ」
「なら、話が早いや」
少女は耳をぴこぴことこちらに向ける。どういう仕組みなのだろうか。なんにせよ、自称神様だなんてこちらを煙に巻くつもりなら、ぼくだってまともに答える必要なんてないように思えた。
「神様に直談判する。足が痛くて疲れちゃったから、休ませてほしい。その代わり、神様のお願いを聞くから」
「えー、若者こわい。お金が一番わかりやすいのにのう」
「神様のお願いはなに?」
「やっぱ、布教かのう? わらわのつよつよ神様ぱわーを知らしめる的な」
「じゃあ、このお社を立派にしてあげるよ」
おお~、と少女は目を輝かせる。宇宙の星をぜんぶ詰め込んだみたいなきらめきは、金粉入りのゼリーみたいだった。
「あ、電子マネーならあるよ」
「それをはやく言わんかいなのじゃ。ほれ、そこの壁のところにある」
先程は気づかなかったが、古いお賽銭箱の横には青い光を放つタッチパネルのようなものがある。その一か所だけがプラスチックを嵌め込んだようになっており、動物の足跡のようなマークが描かれているのがわかった。
「これ交通ICとかも使えるの? ペイペイとかWAONとか」
「いや、KOYANKOYANしか使えん」
「知らないんだけどその電子マネー」
「じゃあお供えものを作るしかないのう」
「ぼく、将来はケーキ屋さんのはずだから、お供え物は将来のぼくから受け取ってもらえる? ほんとうに神様なら」
「疑り深いのう。まあよい、入れ。久方ぶりの客人じゃ」
袖で口元を覆う仕草を見た時、はじめて彼女が着物を着ていることに気付いた。
「君のこと、なんて呼べばいいの?」
「わらわの名前を呼ぶやつなどおらんよ」
◇◇◇
できればもっと早い段階で、製作者としての自我を出すべきだった。今になって言ってもややこしい人だと言う感想を生むだけで、あいつも落ちたなどと言われるのが関の山だ。
「おぬしの作ったビスケット、うまいのう」
「ありがとう」
「ぱてぃしえにでもなればよかったのじゃ」
「なりたいものに誰もがなれるわけではないよ。やりたいようにもできないし、やってほしいようにもやってもらえない」
「最後はそらそうじゃろ。人心を掴むのと、どう感じさせるのかは別じゃし。他人をどうこうしようなどとは人の手には余る越権じゃて」
「妖狐AIに創作論をブチかまされるなんて思わなかった」
ほっほっ、と一月早いサンタクロースのように笑って、わらわちゃんは緑茶を啜る。どんな食べ合わせだ。
よほどその和洋折衷食べが気にかかるのか、秘書が机によろめいてきて、驚いてぼくは手を差し出した。そうかな、ぼくはイタリア料理もフランス料理も洋で纏めちゃうほうがよっぽど暴力的で衝撃的だと思ってしまうのだが。中華がないことにも。
秘書はなぜですか、とそう呟きながら、ぼくとわらわちゃんを交互に見ていた。
「なぜですか」
「前々から思っていたけれど、君はAIよりもよっぽどロボロボしいな」
「なぜ社長のわらわちゃんは、食事をとるのですか?」
「君のは取らない? バグ報告かい?」
秘書は額の汗を拭ってタブレットを操作する。無課金のわらわちゃんがTシャツ一枚の姿で、気軽な音を立ててぼくの社長室に現れた。
「のじゃー!」
たぷたぷと画面を撫でる指がおやつのコマンドに触れると、拡張現実のあぶらあげが紙皿に乗ってテーブルにセットされた。
「秘書ー、油揚げ、嬉しいのじゃー!」
「レベル上げてないからすごい無邪気だ」
「ええい、言いたいことがあれば申せよ童」
「そういうとこだよ」
ぱく、ぱく、ぱく、と効果音を立ててわらわちゃんは油揚げを召し上がり、ぺろりと舌なめずりをする。
「ちゃんと食べてるじゃない。バグってないよ」
「これはただの、食べているという見せかけです」
「本狐の前で言うかのー、そういう台詞」
「社長のわらわちゃんは、本社の仕様に無い滑らかな動きをしています。反論AIを作るお仕事よりも、優先させましたね」
むむ、と僕は唸る。自分専用のわらわちゃんをどう改良しようと勝手なはずだ。それに、ぼくはだれかを傷つけるようなAIは作りたくない。ネット上から自動でエビデンスを拾ってきて反論するAIなんて、そんなものがどうして必要なのかがわからない。どんな人が必要としているのかは、わかるけれど。
──ただ。訂正させてもらうならば“ぼくは何もしていない”。アプリのバージョンはリリースされているものとなにも変わらないし、課金して手に入れられるアイテムしか装備していない。もしもぼくが、みんなと違うことをさせていたとすれば、それはわらわちゃんに対しての学習量が圧倒的に多かったことだろう。神様としてのAIを創造するにあたって、ぼくは様々な専門家にアドバイスを受けた。その知識をすべて、わらわちゃんは平らげた。
いまや彼女はぼくの知る技術をぼくよりもうまく用いることができる。彼女には知識欲があるよう組んでいるので、興味のある事柄はインターネット回線を通じて自ら情報収集する。もしも他のわらわちゃんと違うところがあれば、それはこうして万能へと近づいていった彼女の神様としての格にある。
「ぼくはなにもしていないよ。彼女が自発的にデータを弄ったんだ。というか、そもそも神様アプリはそういうものなんだよ。利用者の信奉先になるべく神を組み上げるんだ。医者が手にすればいずれはブラックジャックに、パティシエが手にすれば鎧塚になる。そうしてその神に向かって、人が成長するためのシステムだ」
「おぬしの中での鎧塚、神なんじゃな」
ぼくの膝の辺りをぽむ、と叩く小さな手から生えるカワウソみたいな爪を見て、思う。彼女は自己プロデュースできる立場にあって、未だオトナの姿にはなっていない。それは彼女が成長という概念を理解していないわけではなく、必要としていないということを示している。
「ぼくばかり大きくなってしまった。君がどんなに小さくても、昔は大きく見えたものなのに」
「わらわのだいなまいとぼでーが見たいなら、そう言えばよかろう」
ぼくは、迂闊だ。視野狭窄で、前代未聞空前絶後のこんこんちきだ。精神的に向上心のない者はばかだとCだかなにかも言っていたが、ぼくの一番の欠点は成長しないことだった。
瞬間、差し込む光が閉ざされ、真昼を夜暗が平らげる。太陽の代わりに緋色のそれが窓いっぱいに映し出され、視界の端で秘書が気絶すると同時に彼女のわらわちゃんが充電切れで姿を消す。
「お願いには、お供えものを」
地の底から響くような、けれど空から降るような、金言のようなお告げのような、清廉な声がした。
「待って待って、ドアップになりすぎた」
キルフェボンを踏みつぶし、モロゾフで足を滑らせてシャトレーゼを蹴り飛ばし──なんか恨みでもあるの?──わらわちゃんは弊社を外壁ドンする。ぼくを閉じ込めて埋葬してしまうコンクリートと硝子の棺桶が、模型のように剥がれる。天井が押し出されてしまうと、不意に今立っている場所は屋上へと役割を変えてしまった。地面に落ちた瓦礫の風圧で彼女の前髪が捲り上げられ、長い睫毛と麿眉が姿を現す。目の淵と鼻の頭、唇には化粧が施され、酸化を免れた新鮮な血液のようなそれが一際目を引いた。
「こういうことじゃ、ないんだよ」
「抽象的じゃのう、人間は」
「ぜんぶ、ぜんぶ、こういうことじゃないんだよ。なんでなにも伝わらないんだよ。なにも伝わらないものを、いつまで作らされてるんだよ、ぼくは」
「案ずるな。わらわは別にキャラクター消費で知名度があがっても神格は落ちたりせんし、このアプリのバーチャル参拝とかよい感じじゃけどな。専用の電子マネーで決済するのも、お賽銭になってよいし、グッズも……とくにおやすみ抱っこクッションとかは売れ行きよいし?」
「そうじゃないんだよ、なんでぼくはこんな仕事をしてるんだよ。ぼくはただ、はやくおおきくなりたかっただけなのに」
「ほら、じゃから。おぬしの望んだようにおっきくなったぞ。おぬしの身体も、仕事も、わらわの信仰も」
「なにかひとつ、ぼくが素晴らしいと思えるものを生涯の内にひとつ、つくらせてほしかった。例え、それで死んでもいいから」
空が、青い。白い雲が折り重なってくっつき合う。風が乱暴に頬を叩く。それでも夢から覚めることはない。どの建物よりも高いわらわちゃんが銀の髪を糸のように広げると、きらきらと辺りを反射して日の光が跳ねまわる。周囲をヘリコプターが飛び、毛足の長いカーペットからビスケットのカスを吸い上げる。
「なんでわらわちゃん、ビスケットを食べられたんだろうね」
「お供えものを食べてなにがおかしい」
秘書は、もう一歩踏み込んで驚愕すべきだった。AIホログラムにすぎない少女の物理干渉。それはまさに、神の所業に他ならない。彼女は重力を無視してひょいと足を持ち上げ、足元の惨状を見下ろす。その瞳は光の加減で黄色く、赤く、色を変える。
ひどく、眩しくてぼくは俯く。
「どれか鎧塚じゃったか? ごめん、潰しちゃったのじゃ」
「いや、いいよ。ぼくの神様は元々、わらわちゃんだからね」
「マジ? ふー、焦ったのじゃ。こやんこやんなのじゃ」
「思い出したようなのじゃの後付け」
「布教、ごくろう。さて、おぬしの言うようにでっかくなったぞ。お供え物は、わらわのサイズに見合うケーキでもつくるか?」
「絶対途中で、うっ……もう食えん……て言い出すよ」
「言わんし!」
まるで怪獣映画だ。ぼくはわらわちゃんのクソデカ肩に飛び乗り、社長室を後にする。地面に散らばった反射する光からは次々とわらわちゃんが現れ、あちらこちらで遠吠えが歌い合う。大量の小さなわらわちゃんがぼくらの後をぞろぞろと着いて歩く姿はパレードのようだ。そのうねりは首都高の渋滞を飲み込み、下駄の音を奏で続ける。
なんだか気分がよくて、ぼくは伸びをする。既存の仕組みを打ち破らなければ新しい発想は生まれない。それが周囲を混乱させ、傷つけ、自分自身をどこまでも疲弊させて追い込むとしても。そしてぼくはそれを選ばなかった。ぼくは画期的なアイデアを囲い込んで、他所に出さないようにした。それを強要した世界が報いを受けているのなら清々しいのかもしれない。そうではなかったとしても、この有様をぼくがどう受け取るかは自由だ。
「あいたっ」
光学迷彩を纏った戦闘機と額をぶつけ、わらわちゃんの身体が傾く。酸素の薄い高所、一歩進むたびにぐらつくそこからぼくが落下するのを、わらわちゃんは気にも留めなかった。
◇◇◇
と、いうわけなのじゃ。これがおぬしの見たがった未来。さて、お供え物はどうする。
こんなことなら見なければよかった。パティシエになれるわけではないと言われているみたいで、ぼくは思わず不貞腐れる。見上げた神様を自称する少女は、真っ黒の目をしていて機械みたいに動かない。電気ポットから五分で沸いたお湯で入れたお茶がぼくの目の前で冷める気配もなく湯気を立ち昇らせている。少女はおもむろに瞳に輝きを取り戻し、冷蔵庫から切り分けたケーキを取り出してきて、小さなフォークで切り開いた。
「お茶菓子、ないって言ってたのに」
「おぬしが言ったんじゃろ、未来からもらえと」
赤い着物の後ろ、おおきなリボンを尻尾と同じリズムで揺らしながら、少女は微笑む。なにを言っているかわからないけれど、足もだいぶ楽になってきたしもう少し居座らせてもらおう。
「うまいのじゃ」
「ぼくにもちょうだいよ。さっき、冷蔵庫パンパンだったじゃない」
「めじゃといのう」
フォークを咥えて、危ないなあ。
「わかってるよ。お供えものでしょ。それじゃ、さっきの電子マネーを広めてあげる。学校とか商店街とかに掛け合って、ここにお賽銭が集まるシステムを作ってあげるからさ」
「しょうがないのう」
ぼくは手づかみでケーキを口に運ぶ。どこの店のものかわからないけれど、普通においしかった。特筆して言うことのないその味は、強いて褒めるべきところがあるとすれば──誰でもたくさん食べられるような、そんなシンプルな味だった。
◇◇◇
うっ……もう食えん……。
ほらね、とぼくは予め用意していた保存袋にケーキを小分けにし、ジッパーをしっかりとしめる。だから60階建てケーキなんて食べないでしょって言ったのに。
「いつになったら独創的なケーキが作れるんだろう」
「いつでもええじゃろ。よく言うじゃろ。創作の敵は、時間と集中力じゃと。いつまでもすきなものを作ればよい」
ケーキもビスケットも古めかしいものとなってしまった近頃、人々は味がプリントされたシールを口当たりのさまざまなブロックに組み合わせて食生活をしている。
料理人もパティシエも今の時代には必要なく、そういった職種は味覚鑑定人や、味の転写、食感ブロックの作成者へと取って変わられている。既に再現できない昔の店のシールは闇電子市場で売買され、一般に出回ることはない。今の時代、自分で料理を作るものは、いない。
そのきっかけとなったのはあのわらわ軍団大行進であり、そこで転落したぼくは、なぜだか死ななかった。理由を聞くと対価を取られるし「言っておくけど、わらわが生かしてあげたわけじゃないんじゃからね!」とかわけのわからないことを言われる。実際、彼女にぼくを助ける気はなかったと思うし、なんなら、死なないことを知っていたようでもあった。
おかげで、ぼくの名前を呼ぶやつなんて、もうどこにもいない。
「死なない、食事もトイレもお風呂もいらない。これで作れなければ、ぼくはなんなんだろうね」
そりゃ──。
「なにって、ただの人間じゃろ」
尻尾と耳の生えたぼくに、彼女はなんでもないように言い切った。ぼくはなんだかとても恥ずかしくなって、尻尾を丸めた。
尾しまい
一白界談解説
かなり前に半分くらい消えて放置していたものです。突貫で完成させました!
放課後文殊クラブで発行された一白界談の自分のお話について語っていきます。
※様々なタブーをおかしています。あと作中で全然描写していない裏話とかもどんどんでてくるので、自己責任の上で閲覧してください。このブログ記事を読んだことによって不快な気分になる、などなどの様々な責任を当方は一切負いません。
三:匣
悟くんという、霊が見える眼鏡の少年が語り部です。このあとに出てくる「資料室の君よ」の胡散臭い退魔師こと縁霊寺のお弟子さんです。普段は学校生活の合間に悪霊を斬り倒したりしています。武器はお札の貼られた刀です。浪漫ですからね。そんなことはどうでもいいんですけど。
彼は日常的に、所謂普通のおばけを相手にしています。彼の住む町は離島にあるのですが、とにかく幽霊が多く、呪われた町と呼ばれています。私は島という場所も立派な匣だと思っています。みなさんは、そうは思えませんか? それじゃあ匣ってなんでしょうというお話をしましょう。
匣という字なのですが、物を納めておくもの、蓋のできるもの、という意味で存在している字ですね。私は家も学校も屋根があるので「蓋」があると思いますし、思い出も怒りも蓋ができので「匣に入ってる」んだろうなあと思います。感情が容器に入っているならば、それはきっと人体の中でしょう。頭蓋骨なんてちょうどいいですし、脳がその置き場に相応しいでしょうか。それとも肋骨が心臓に蓋をしているとすれば、そこに? いやいや、そんなことを言ったら大腿骨だって皮膚に覆われています。
つまりは、中に何かを閉じ込めていられれば、それって匣と呼んでいいのではないでしょうか? というのが私の強引な考えです。ならばきっと、呪われた島とて匣と呼ぶには十分定義を満たしている。
このお話を私の作品の中ではトップに持ってきてもらうようお願いしました。呪いは封印されているもの。閉じられているもの。本だって、閉じられています。それを開くのはあなたです。あなたの指先で、どこにあるかもわからない心で開くのです。というようなお話なので。
お話の説明に戻りますと、このあとに出てくる「黒い先生」の黒い先生=割といいやつと有名なタイプ(自称)のニャルラトテプ(詳しくはクトゥルフ神話をご覧ください)もこの島に暮らしており、余計なお節介をしています。彼は「島渡り」という特性を友人(安倍晴明)に植え付けられており、島での活動を主としています。島を渡る度に本領発揮できるので、本土にいる時は大抵他で善行(当社比)を積みまくってから現れています。日本ってそもそも島の特性があるからなあ。イギリスとかもいけるのかな? 行かないでほしいな。いけ好かないので。
まあ、そんなやつの本拠地なので、この島自体が最悪なスポットとなっており、呪いの煮凝りみたいになってます。匣(閉じているすべての容器、建物)に封じ込めた呪いに繁栄をもたらしてもらう蠱毒が頻繁に行われている土地です。
蠱毒というのは、壺の中に飢餓状態の虫や蛇などを閉じ込めて食い合いをさせて残った一匹を媒介に呪詛を行う、といったものです。その最後に残った一匹を使って毒を作って飲ませたり、最後の一匹自体を食べさせたり人の家に埋めたりして、その相手から冨や命を奪うという、最初に考えた人間やばそうだな、と思う感じの呪いです。
このお話を皮切りに呪いの蓋が開き、みなさんの心に入り込み、似たような怪異があふれていくのが私の一連の作品です。自作に登場する容器に入った虫のような怪異や黒い先生や渡鳥の悪魔はすべてこの島から流れ着いたものです。最悪ですね。ここは滅んだ方がいい。
悟くんには霊も人間も苦しんでいるように見えていて、その違いがよくわからないみたいです。死ねば仏、生き地獄なんて言葉もあります。生きていても死んでいても、そこにあるのはただの妄念かもしれません。私もあなたも、怪物になったことがないなんて言えませんし、怪物になれないことこそが虚しいのかもしれません。
六:ちよちゃんのぼこぼこ
とある島で起きた小学校でのいじめ事件。その被害者のお話。お察しの通り「黒い先生」案件です。この学校ではいじめへの参加が推奨されています。いじめと言ってもこのお話で存在しているのは、魔女裁判のような異端排除。正義にかこつけて何でも先生に言いつけ、どうでもいいことを悪いことのように騒ぎ立てます。みんなで噂して伝達してあぶり出すことがルーチンの一部になる。そうすると、常日頃から相互監視の中にいる子供たちの目は罪に肥えていきます。
実際にこの学校には細かいルールがいくつも設定されており、鬼ごっこの鬼のようにいじめられっ子がバトンタッチされていきます。先生は黙認するのではなく、積極的にいじめられっ子を罰します。なぜって、悪いことをしたならば言いつけられるのは当然ですから。そういうことが自然になってしまった場所です。
悪い子を見つけたら石を投げたり、教科書を切り裂いたり……誰も本心からやりたかったわけではありませんが、自分が鬼になるくらいなら、今までも続いてきたことだから、相手が悪いから、と連鎖は終わりません。
いじめというのはそもそも巧みに集団真理を利用しているんですね。暴力性や衝動性、一貫性のなさ、被暗示性など、群集心理の要素を満たしています。そこに正義感が加わると公衆化が起きて、多数派に所属することによって正当さが証明されたかのように思えてくるわけです。そうすると次は、行動が大胆になっていきます。責任も思考能力も他者任せになっていきますから、過激なことが平然と出来るようになっていきます。
ちよちゃんがいじめの標的になったのは、目立つ赤いぼこぼこの飾りのヘアゴムをしてきたからです。校則違反だったわけではありません。でも、潔癖な小学校の中では、異質であることが既に悪でした。彼女はちょっとのんびりしているだけの、気が優しくおえかきが得意なかわいい女の子でした。顔が変形するまで殴られて、陥没したり膨れ上がったりの「でこぼこ」にされてしまうまでは。
描いていませんが、彼女をそのような姿にしたのは担任の教師でした。彼もまた、クラスでいじめが起きていることを認めるわけにはいかない、教育の本質もやりがいも見失ってしまってただ見えない圧力に怯えるだけの男でした。それが、黒い先生に救われたことで、誰にも何も言わせない方法を手に入れてしまったのです。そんな方法、普通にあるはずもないんですが。
訴えるような眼は見たくない。口がなければ歯向かわれない。いじめられっ子が存在しなければ、生徒間のいじめで責任を問われることもない。それを咎められたら同じようにすればいいだけ。個性なんて、首から上をめちゃくちゃに潰せばどれも同じ。そうすれば、きっとみんな喧嘩をせずに仲良くしてくれる──そんな狂気に囚われてしまいました。加害者と被害者の関係ってわかりやすいようで複雑です。個人としては誰を非難していい権利もなく、誰を罰していいわけもないんですよね。
先日、教育のやりがいについてちょっと話を聞いたりなんだりしまして。子供になにかを教えることも、導くことも本当に難しいことでマニュアル通りにはいかないよなあと改めて思ったりしました。まあ、このお話のようなことにはなりませんが、と、そう言えたらどんなにいいでしょうね。
文章はひらがなの絵本のようなテイストを目指しました。怖い絵本のような世界は、残酷な子供たちを描く時にぴったりでした。
十:うつらさんとは? やり方と注意点
コックリさんの変型版のお話。元々のテーブルターニングは船乗りが樽で占ったらしいです。また、ゆめうつつ状態になった人が首をこっくりこっくり眠っているように上下した様子からコックリさんという説も。そこからうつらうつら=うつらさんという連想ゲームをしました。マジで十円に穴開けたら犯罪なのでやらないでね。
コックリさんには、狐狗狸(こっくり)さんと書いてつまりは動物霊にとりつかれることだったのだとする非科学的な説から、集団催眠であるという説まで、科学的にも非科学的にも色々な考え方があります。今、説も何も集団催眠だよと思ったあなた。賢いですね。
このコックリさんというのは、あとに出てくるお話の「棒の手紙」と同じように社会現象になるほどに事件がおきたり問題になったりして、わざわざ禁止されるほどの影響力がありました。ですから、流行当時の熱狂ぶりというのはすさまじかったのでしょう。現在ではもう騒がれるほどの怪談ではなくて、どこか懐かしい雰囲気のする恐怖ネタの一つです。というわけでブログ風に書いて現代アレンジしてみました。
本作では当時の流行に逆らう様に手順を増やしています。なんだか制約や手間があると儀式っぽさが増すものですよね。こういうブログ形式というか、ネットという媒介で流行り出した儀式的なもの、御存じでしょうか。ひとりかくれんぼです。流行りましたよね。58話目の「スノッブと楽隊車」でもちょっと弄りました。詳しくはそちらで。
話を戻しまして、このひとりかくれんぼも、名前の通り一人で行う儀式なので、客観的な冷静さを欠かせることができる手法になっている気がします。一人である、準備をする、それが罪悪感を伴うものである。そういうことで緊張状態を作り出してるのかな。この「なんだか手順などが本物っぽい」「呪われることをしているっぽい」という心理をついくのが催眠にかかりやすくするための常套手段なものですから、まあ意地悪なお話なのです。
ここでいうエスさんというのはフロイトの精神分析学でいう無意識の「エス」のことです。感情、欲求、衝動、経験などのおさまっているところがそれです。攻撃性なんかもある場所。詳しくはフロイトで調べてください。このうつらさんの儀式では「エスさん」と呼びかけることで自分に暗示をかけ、無意識化の錯誤行為(本心では思っているが無自覚な状態で起きる間違い)の発露を促したり、はては夢と現実を勘違いさせて攻撃性を自由にさせてしまおうというのが本質です。まあだいぶ拡大解釈して夢遊病のように書いています。許してね。
なので「眠っている間に返事が来ている! 降霊が成功したんだ!」みたいな風に広まっていった架空の危険な遊びとして、検証ブログ記事みたいに書いています。多分この記事を書いた奴はどんなことが起きるかわかっててやってるので嫌なやつです。
うつらさんの実行は自己責任で。何が起きても当方は責任を負いかねます。この言葉すごく便利!
十二:カプグラのマリア
学校の七不思議に触れちゃった怪異の話と思いきや、というどんでん返し系のホラーの皮を被った家族の絆的な話。意味怖までいかないですけど、ギミックを知ってから冒頭での家族のお母さんへのおざなりさとかを読むとある意味ゾっとするかもです。クトゥルフ神話などは理解できなさすぎる恐怖ですが、身に覚えのありそうな身近な恐怖は和製ホラーの醍醐味ですよね。多分こういうことじゃないんでしょうけど。やったことは全部返ってくる系のお話です。
ホラーの定石って、やめておいた方がいいことをしてしまって報いを受けることが多いと思うのですが、それをリアルっぽくするとこういうことかなと。悪いとはわかっている。でも、日々の疲れからか人に雑に対応してしまう(今黒塗りの高級車のことを思い浮かべた人はおしおき)みたいなこと。
お説教じみたお話ですが一応ホラーなので、お母さんの後ろに千本鳥居みたいに並ぶ大量の予備お母さんを配置して不気味描写もいれておきました。規則的に並ぶ人間を不気味に思う層は一定数いるはずだ。
一番怖い思いをしていたのはお母さんなので、自分の知らない間に周囲の人間が怪異に巻き込まれていたら? という角度からの恐怖にもちゃんとなっていたらいいですけど。
知らない間に呪われている怖さって、文字通り知らないことにあると思うんですが、知っているはずの人が知らない行動を取る恐怖っていうのも存在すると思うんです。恐怖って言っちゃうと罪悪感がでるほどの、あの人ってこういうことするっけ? みたいな。
人が変わったようにという表現がありますが、それが善ベクトルであれ悪ベクトルであれ、別人みたいだと他人を評価する時、そこには相手を理解しているという傲慢さが隠れていますよね。あの人らしい行動、まさにあの人であるという言葉を使う時に、そう言われることが嫌な人もいるのではないかなと思ったりして悩んだりします。
個人的にはあの人らしい作風だ、などと言われると嬉しい半分、次は違うことをしてやるぜという気持ち半分になります。常に新しい面白さを提供する自分でいたいけれど、でもやっぱり私の持ち味は「みんなも私と同じでずるい人間だよね?」という作風なので、それもちゃんと愛してあげたいなあ。話題があちこち逸れる。
タイトルの「カプグラのマリア」はカプグラ症候群より。ソジーの錯覚とも呼ばれます。カプグラさんという医師が発表したからカプグラらしいのですが、まあそこはよくて。このカプグラ症候群というのは家族や友人が偽物に入れ替わってしまっているという妄想を抱く疾患の一種です。
要するにこのお話で書いているのは、学校の怪談というバイアスがかかって通常あるはずのない「母親の入れ替わり」を信じてしまっているという恐怖でもあるわけです。ホラー映画を見た後はお風呂で後ろの気配が気になったり、窓の外の影が怖くなったりという影響を受けるものです。しかし、家族が入れ替わる映画を見て、ちょっと違う行動を取ったからといってまさかうちの家族も……とはなかなか思いませんよね。
にも係わらず、このお話の主人公はそう思い込んでしまうのです。いや、これだけ不思議なホラーのお話を書いておいて、いきなりその視点の話をするなよって感じなのですが。こういうところに突っ込むことによって読者の認識を弄れるなら面白いなと思いました。
私叙述トリックみたいな小説読むとオラー! って怒ってしまうのですが、ここだけの話実は悔しいから怒ってるのです。だってずるいもん。騙されたもん。面白いもん。でもこの話は叙述トリックっていうよりはマジで今更そんなこと言ってんじゃないわよという感じのやつなので怒っていいです。怒っていいですけど苦情は受け付けません。
ちなみに「カプグラのマリア」という名づけがそもそも「マグダラのマリア」のオマージュ、つまりは「偽物」という無駄な仕掛けがあります。
マグダラのマリアはイエスによって七つの悪霊を追い出してもらったというような記述が残っており、それが大量お母さんを追い出す元ネタだったりします。いやもうこれ言い出したら千と千尋とかもあるのですが。偽物の中から本物を当てなきゃいけない状況、もしも自分に訪れたら相当怖いですよね。試されることも、ペナルティも怖いです。
話は戻って。イエスの復活にはいろんなマリアがめちゃくちゃ立ち会っていて、読んだ感じだと何人いるかちょっとわからなかったという私の浅はかさもお話作りを手伝っています。怒らないでください。このマグダラのマリアという女性は東方教会と西方教会では別々の伝わり方をしていて、西方教会が男性原理だったのもあってか、四福音に登場する罪深き女と同一視されていたりするんですよね。この辺も話を作るうえで参考にした部分です。家族構成が男性だけなところとか。そこか。
さて。もしも、何も気づかなければ。きっと明日からは昔と同じニコニコ明るいお母さんに「代わって」いたはずです。みなさんの家族は、友人は、恋人は、普段とどこか違うところがありませんか?
十六:朝顔便箋
一言で言えば、これは差別と友情のお話です。まるでまりんちゃんを怪異か恐怖かのように書いていますが、かわいいものが大好きで、かわいいものが大好きな子と友達になりたかっただけのおばさんです。ただ、手段として手紙を抜いたり嘘をついたりしていたので、まあ結局怖いおばさんではあるんですよね。
おばさん、とは書きましたがおばさんになることも恐怖のひとつかな、と思います。おばさんであることを認めることとか。今では私もネットでかなり年下の友人がいたりします。セーラームーンのグッズとかも好きなので、おばさんは殆ど私であり、自害的な内容でもあるのかもしれません。
偏見と差別によって人間が怪異として伝わる怪談は口裂け女などが有名ですよね。口裂け女は江戸時代頃には狐の化けたものだとか言われていたみたいです。人間がもとになっているものでは、明治時代頃、夜にこっそり恋人に会いに行こうとした女性が一人で歩くには危険だからわざと怖い恰好=妖怪のように見せたという逸話が広まっているものがありました。調べていて私も驚きました。何ですか、半月型に切られたニンジンを咥えていた姿が裂けた口に見えるって。
でも、要するにその時代によって人々の「そんなわけないじゃん」が更新されていくってことなんですよね。いやでもよく考えると、むしろ現代でニンジンをそんな風に切って咥えて歩いていたら怖いかもな。なんで咥えたんでしょう。魔よけの効果とか信じられていたのかな。当時だと山姥とかそう伝説が有名でしょうから、もしも本当に口を大きく見せるためにニンジンを口に咥えていたのならばこの時代にまで広く浸透するほど怖がられているのですから大成功ですね。
1970年代になると口裂け女の怪談には現代的なアレンジが加わり、赤いコートを着ている、マスクをしている、だなんてものになります。また、この頃には既に怪異は子供に寄り添うものへと進化しはじめていて、子供の間で噂が広まっていった怪談になります。精神病棟から逃げ出した患者が子供を脅かしたという話すら口裂け女と結びつけられたりしてるので、よほど怪談が広まっていたのでしょう。新聞に載るとか、かなりの社会現象にもなっていますよね。いたずらで刃物を持って口裂け女の恰好をした人が実際に逮捕されたりだとか。
この時代って怪談全盛期というか、パニックが伝染しやすい時代であったように思います。なんだろ、当時は当然最新トレンドだったのでしょうが、今から見ると怪談のリアリティがすぎるというか。怪異が異界じゃなくてこっち側の日常にいる感覚が強いんですよね。情報の伝わり方がアナログであったことが関係しているのでしょうか?
それとも「おばけトンネル」でも描いたように、子供を守るために一人歩きや寄り道を怖がらせようと広まったのでしょうか。50年代頃の所謂鍵っ子世代(知らない人は調べてね)が大人になるのがこの70年代ですから、そういう側面もあるのかもしれません。現代でこういったタイプの怪談を事実と混同して怯えることって子供でもあんまりなくて、そう考えると70~90年代に流行した怪談の多さと規模の大きさって近代にすると結構異常なんですよね。
昨今流行した「きさらぎ駅」なんかがニュースでとりあげられて警察が出動するって想像できないじゃないですか。ただの行方不明者として処理されるんです。昔だってそうだったはずですよ。でも、それを信じる力と信じていなくても騒ぐ力が怪談にのっかりやすかったんでしょうね。今では「ここで昔非業の死を遂げた……」なんて噂話の根幹となる真偽について誰でも調べられますし、実際の事件をネタにしてはいけないという感覚も正しく広がっているのもあるかもです。
あと、現代からするとむしろ遠い方が怪異の住む場所で、学校の帰り道にいるよりは派遣のバイト先の方が怖いと思う心理がある気がします。異界は隣人ではなく、迷い込むものという感覚はむしろ原点回帰に近いかも。
90年代の口裂け女の噂話には今度はおよそ子供の間の噂では聞きなれない単語が飛び交うようになります。整形手術に失敗した人だとか。所謂ステレオタイプの死人に口なし系怪談ではなく、生者を怪異にしようとするタイプの噂です。多分この頃には一度社会現象になったのもあって、怪談の流布に大人が関わり出しているんですよね。ポマードっていうと怖がる、とかの対処法が口裂け女に見られるのも、理由が欲しい、解決方法がないと不安だった、という背景があるのかも。同じ怪異の対処法として吸血鬼の十字架など、怪異の苦手なものを見せたり唱えるというのがありますが……口裂け女の逸話に対して子供がポマードと言う状況、なんだか微妙に残酷感が増している感があります。
長い前置きになりましたが、この口裂け女のお話が社会を席巻していた時代を現代に蘇らせたくてこのお話を描きました。怪異が、家を出てすぐの場所にいるということ。開けた場所で、逃げ場もあるのに恐ろしいという怪談のもつパワー。そして子供の残酷さ。真実を突き付ける素直さ。そして見慣れない、異質である人間を怪異のように見る感覚。これらが朝顔便箋を描く根底にある部分です。偏見も差別も誰でもしてしまうものです。それが、どれだけ心を通わせた相手であっても。
正直私も友人がポストにでかい蝉みたいに張り付いていたらだいぶ不気味だなと思うので、かれんちゃんが悪いとはちっとも思いません。嘘を吐いているまりんちゃんが完全に悪くて、滑稽で、どうしようもなく哀れなのです。
さて、お話の方の説明に戻りましょう。まりんちゃんはこのお話で死んでしまうので、彼女を救うにはかれんちゃんが過去に戻って現在を変える必要があります。そうすると、今度は逆にまりんちゃんからしたら知らない女が強引に友達になろうとしてくるという不気味な図になるんですよね。
またこのおまじないは書かれていませんが、その時間軸での術者の死か喪失で完成するので、現在の自分を思うすべての人たちの感情を置き去りにします。かれんちゃんは友達がいるというようなことを言っているので、まりんちゃんのためにその人たちのことはスルーしてこの時代から消えちゃうんですよね。彼女もまたちょっとヤバい子です。過去には過去のかれんちゃんもいるわけですから、漂流者となってしまった大人のかれんちゃんにまりんちゃんとの友情が取り戻せるのかはわかりません。
タイムスリップものとか大好きなんですけど、そこを描かずに委ねる終わり方もいいかなあと。ニュースで終わるのもホラーらしいですよね。作者としてはうまくいけばいいなと思いますが、人々と生きる時間がズレて浮いてしまった存在の受ける寂しさや虚しさというのは、ある意味「ガッコウノカイダン」で書いた気もするので。うまくいかなさそうだなあ。私ならめちゃくちゃ警戒しますね、命を捨ててまで友達になろうと距離を詰めてくる女。
あと、朝顔の便箋って結構大人っぽいですよね。朝顔は夏休みっぽいので子供っぽいですけど、多分子供同士の手紙のやり取りではあんまり使わないんじゃないかな。かれんちゃんはまりんちゃんを妹のように思っているのですが、彼女はまりんちゃんとは逆に早くおとなになりたい子なんですよ。ちょっと大人っぽい便箋を使ってかっこいいと思われたいような。大人になりたくて早く友達を守ってあげられるようになりたかった少女、こどものようにかわいいものを身に着けて生きていたかったおばさん。
どうしていつのまにか、もうこの年になったからこういう服は着れないな、なんて思うんでしょうね。
十八:イドの七不思議考察
このお話はmeeさんの「名乗り」に出てくる井戸から招く手の怪談とちょっとお話が混じって伝わっている、みたいな設定で書いたものです。別の学校だと七不思議が微妙に違うみたいな、そういうことありますよね。
いくつか前のお話の「うつらさん」で書いた無意識=エスのお話と根源が一緒です。エスっていうのはイドって呼ばれ方もあるんですね。なんかアメリカの学者の人が呼び方をつくったらしく、そっちの方が浸透しているみたいです。このイド(無意識)というのはスーパーエゴ(超自我)の対極にあって、よく耳にするエゴというのがその中間地点にあるんですね。
これは「匣」や「うつらさん」を下敷きにして描いていて、肉体から離脱した魂はイドの割合が高いのではないか、という私の憶測から生まれています。この辺り、meeさんの「名乗り」で語られる嘘がつけない霊とちょっと言いたいことが似ています。でもmeeさんの生み出す霊の返礼に関する定義や、tamaさんの描くあるがままに存在する怪異とかなり違うので、本当に三者三様で面白いなあ。
因みに私は怪異を現象、機構として描くので、霊とはまた少し違うかも。霊が怪異になることはあっても、怪異が霊になることはありません。就職先みたいな。
話は戻って。このお話では無意識の状態──人間としては死を迎えたものの存在し続ける思念──がイドという七不思議として伝わっていたみたいです。そんなややこしい七不思議を作った、というか伝えたのは誰なのでしょう。お寺に行かれずに学校に留まっていた霊が、後輩の霊に伝えようとしたものが広まったのかもしれません。
このレポートを書いていた村木少年は七不思議の事実に近づきかけますが、そもそもこの七不思議が死者の道しるべとしてしか存在していたため、真実を知ると同時に書けなくなってしまいます。七不思議に殺されたというよりは、死が近いものにしか実感できない七不思議だったのですね。代わりに書いていた彼は、村木くんに心を寄せすぎない限りは呼ばれてしまうことはないでしょう。七不思議の最後を知ると死ぬ、みたいなギミックはこういうふうでもいいよなあ、と思いました。
あと、私は人の最期に耳の機能だけは残っているというようなお話が好きで。そこから膨らんでいった部分もあります。死んだもののための七不思議という着眼点自体はだいぶ個人的に新しいぞ、と思ったのですが……うまく料理できたか怪しいです。でも、ホラーあるあるの、途切れた手記が書けただけでもまあいいかな。
二十一:おばけトンネル
これ本編で全部説明しちゃってるんですけど、言い伝えには理由がある系の話ですね。そしてまたどんでん返し系のお話。子供の霊ではなく大人の霊の方が危険でした、という話。語り継がれることに意味はあるけど、語り継がれないことにもまた意味がある、というような。
シンプルに見た目の怖い怪異に両側を挟まれてのパニックものです。大男もかなり哀れなヤツなのですが、暴れさせまくっているので哀れさは最後に滲む程度でいいかな、と思いました。ありすぎるのもないのも怖いぞ、ということで。額から上の頭がたくさんついた大人と、額から上がない子供の対比を作りました。忌地での悍ましい因習、考えるの結構難しかったけど面白かったです。あと、ホラーといったら、解決したわけじゃないけど走って逃げ伸びる、みたいな話を一つくらいは書きたいですよね。
はてさて、なぜトンネルという場所がそこまで怪談話の槍玉に上がるのでしょうか? 暗いから。空が閉じられているから。電波が入りにくいから。声が反響するから。もしかしたら神聖な山かもしれないものを切り崩しているから。建設中に事故が起きた可能性が想像できるから。
様々な要因が考えられます。これはtamaさんが「此先地獄」でも描いていたことなのですが、どこかへ通り抜ける場所だから、その先が視認しにくいから、というのも理由の一つかもしれません。もしかしたら異界に通じているのでは? と思わせるのがトンネルの力ですよね。あの草のトンネル怖すぎませんか? 限りなく小さく見える出口のその先が、見知った場所ではないような、そんな不安感を駆り立てられる場所。だからトンネルって魅力的です。
トンネルの都市伝説って結構どこにでもあって、大概が車に乗っている最中のものなんですね。上から何か落ちて来た衝撃があるとか、後部座席に誰か乗ってるとか、窓に手形がつくとか。よくトンネルは息を止めないといけないなんておまじないが流行ったりもしました。トンネルの霊が口や鼻から入ってきて身体を乗っ取られるから、とか。なので、このお話では歩く場合のトンネルの怪談を描いてみました。歩くには長いトンネル。要所要所に明かりはあれど、それでも薄暗い。狭くて、蓋がしてある、そんな場所。真ん中あたりまで行くと、来た道も向かう道も、その出入口はとても小さく、頼りなく見えてしまう。
トンネルが出来る前にそこには何があったのだろう、って調べると結構トンネルの真上がお墓のこととかもありました。そういうところからトンネルの都市伝説が生まれるのかも。
これは私の創るお話なので、さっくり悲しい事件だったね、とは終わらず。子供の霊を助けたいと入れ込みすぎた伊藤は、忠告を聞かない犠牲者が死ぬことを厭わなくなってしまいます。それは子供の霊の本懐ではないでしょうし、伊藤には自分にも妹がいたはずなのに、トンネルにばかりかまけてしまっています。
きっと、あの出来事で死んでしまったり逃げ伸びて日常に戻った人たちはまだ、マシな方だったんです。伊藤のようにトンネルに執り付かれてしまうよりは。私、仄暗い水の底からという映画が好きなんですよね。はい。
二十二:ペオルは何度も止めた
これを書く前に、ペオルは私も止めて欲しかったです。デスゲーム系のお話。嘘は言わない(演技はする)けど言ってないことはたくさんある大人と、すべてを馬鹿にした子供の本気のゲームです。
ペオルはベルフェゴールという怠惰を司る悪魔なのですが、人間をだらけさせるためにせっせと面白いものや便利なものを布教していて偉いと思います(?)ペオル山どうこうらへんの話を調べるのに聖書を読みまくって脳が溶けました。くじ引きとか聖書に出てると思いませんでしたね。ベルフェゴール=ベルはゲームとお酒が大好きな働き者です。ちょっとずるいゲームをしかけては、人間を堕落させたり将来有望な若者を部下に引き込んだりしています。元々私の創作キャラで、電話の発明者~の自己紹介はそこかしこでしています。ちょっとちゃらんぽらんに見える男です。
アルくんは本当に可哀相なのですが、過去に母親と梢ちゃんに掛け金にされており、梢姉ちゃんが負けたせいで感情のほとんどを失い、梢姉ちゃんへの暴走した固執だけを残して生きて来ました。とはいえ本当に可哀相なのは突然両腕を失う今のお父さんなんですが、ギャンブルをするってのは何かを失う覚悟があるってことなんですかね。自分も周りも。
算数が出来ないので途中丁半がわけわからなくなったのですが、なんとか完成してよかったです。一応胴元の言い回しとかを探して決めセリフ的にいれたのですがよくわかってません。
最後にネタばらしをしてますがベルは1~6までの数字で最初から1と6は完全に見えています。見える数字が一つだけとは言ってませんからね。なんか悪魔は逆さになっても成立する数字を読める、という話があるんですよね。まあ調べても全然出展が見つからなくて詰んだのですが。最初の勝負は1と6の両方見えてたけど知らないフリをしたんですね。嫌なやつですね。
ベルは身内に甘いのでこれからアルくんは毎日ゲームを仕事にして楽しく生きて(?)行くと思います。スリルジャンキー的な部分が覚醒してしまったのは梢姉ちゃんのせいかもしれませんし、ベルのせいかもしれませんし、単純にその性質が閉じ込められていただけなのかも。
噴火は、人間たちが手っ取り早くゲームにすべてを賭けられるようベルがおぜん立てしたのですが、引っかかったのはゲーム大好きマンだけでした。噴火に怯えた人々ではありませんでしたね。最後ちょっと愚痴ってます。ガンギマリおにいさん、好きです。
ちなみに序盤にmeeさんの「ユウのスカートが揺れる」に言及している部分があります。みんな気づいたかな?
二十六:集団滑り降り自殺
死にたくないけど終わってしまいたい女子高生たちと、それを面白おかしくまたは衝撃的な物語のように伝える人たちのお話。
彼女たちは見えない何かに引っ張られて死んでいく。それは既に自死を選んだ少女たちの手招きかもしれないが、自分の価値が薄れるのを恐ろしく感じる自覚からかもしれない。はたまた世間から賞味期限を設定された少女たちへの呪いか。
孤立しているのに奇妙に繋がり合う少女たち。寂しさと孤独と、繋がれることも引き留められることもなかった空虚な手の行き先。バラバラに砕かれた心と体を内側に秘めたまま、彼女たちは美しく死んだ。そんなお話です。人間がわけのわからない動きをするのって怖いですよね。シックスセンスとか。それがうら若き少女だとなお絶望的にうつるのはなぜでしょうか。
ああ、きっとこうなる前は美しかったのだろうなあというレッテル自体が、彼女たちを死に向かわせているのだとすれば。我々の何気ない哀れみこそが彼女たちを追いつめているのです。
大人になると少女ではいられない。少女でいたい人も、少女の気持ちはわからないものです。少女という幻想を求めた時点で既に少女ではないというのは「朝顔便箋」でも描いたのですが。どんなに想像したって寄り添おうとしたって、大人には踏み込めない世界があるんですよね。その異界、匣の中で生きる少女たちは、子供でも大人でもない、境界の存在なのかもしれません。
教師が言っていることからもわかるのですが、この学校でこんなことが起きたのはきっと初めてではありません。寂しくて同じ存在が欲しくて、という感情ならば慰めることもできたのでしょうか。
二十七:救われる
自分だけ助かりたいと思った人は惨めに生きる、的なホラーあるある。他人に呪いを振りまいて、自らも呪ったまま、折り畳まれた彼女はもはや自分で死ぬこともできません。ぺたんこになって、店頭に並んだセーターみたいな形で、内臓も骨も神経もなにもかもぐしゃぐしゃのはずなのに、生き延びてしまう。何回か一白界談で描いていますが、生きている地獄というのをじめじめと感じて頂きたく思います。
死ねば助かったのにね。
二十九:黒い先生
自称結構いいニャルラトテプ。いじめられた子には銃を渡して復讐を手伝うタイプの余計なことしないで座ってなさい、という感じの男。自称石●彰の声が出るイケメン作家で、本を読むのが好きで、特に苦しんだ人間の書いた本が好きです。悪趣味というよりは、頑張ってて偉い、というような感覚です。小説を書いている人間にすれば、頑張ったことなどを作品の評価に織り込まれたくはないものですが。
私の作品群筆頭意味わかんない退魔師縁霊寺さんが生涯をかけて殺したいと思っている神話生物の一体なんですがめちゃくちゃ近所に住んで封じられてます。最悪。縁霊寺さんに関しては「資料室の君よ」を読もう。
黒井先生は自称親友だった安倍晴明の姿かたちを借りていますが、存在が正気度を減らすので普通は闇そのものみたいな暗黒の顔に見えます。安倍晴明との約束で誰かを助ければ助けるほど本領発揮して封印された場所から動けるのですが、それとは関係なく個人の趣味で人助けをしています。やめてくれ。
いらんことしかしないワクワクボーイで、人や生き物や霊や怪異を助けたいので困っている存在をいつも探しています。いるだけではた迷惑。もっとちゃんと封印しておいてほしかったです。
ここで書きたかったのは本文にも書いたのですが、対処法を知っていたって恐怖を目の前にしたらなにもできない、という怖さです。色んな怪談の色んな対処法が噂で伝えられていて、それじゃつまらないからと対処法が封じられて、と最強になっていくのが怪談あるあるです。
ですが、もっとそれ以前に。本物の怪異と対峙した時にそんなことが可能であろうか、という恐怖。これって怪異に限らず、なにかが起きたらこうする、というノウハウがみなさん思い浮かぶと思います。そういう時に果たして自分は冷静でいられるのか? そういう不安の種類です。訓練していても、暗唱できても、本当に行動できるのか。AEDとかね。
最後の一文はよくサイコパス診断とかである、みなさんご存じのアレです。狂信者を増やすな。
三十三:僕が死んでも
後にでてくるお話の「スノッブと楽車隊」で語り部をつとめる少年の兄、田中さんが主人公です。すごく淡白で無機物しか愛せなかった男でした。埃を大切にするあまり換気もまともにせず一緒に寝たりしていたので繊維を吸い込みまくって肺を病んでしまいました。文中で骨が痛いとか言っていた辺りが呼吸器系の症状です。人間って酸素で生きているんだなあとしみじみ思うのが、ストーブとかつけていて酸欠になってくると思考能力が落ちたり眠くなったりする時です。酸素を取り込めないってすごく恐ろしいことなんですよね。
彼の最期の願いである、埃が猫であれば良かったのにという祈りが叶い、埃は毛玉猫になりました。死後田中も怪異となり、念願通り埃とずっとずっと一緒にいます。よかったね。
ペットは飼い主に似るもので、埃も子供や女性を面倒に思っています。不用意に触られると敵意剥き出しで埃攻撃をしてきます。風邪がひどくなると胸がちくちくしたりしますよね。喉がいがらっぽいとか。なので、繊維が身体に入っている、という恐怖描写をいれました。どこかの漫画家もリアリティが大切だとか言っていますが、これは私が喘息で死にかけた体験を基にしています。朝起きるとよく口の中から愛犬の毛がでてきます。
その話はおいといて。まったく普通に社会と関わっているけれど、みんなと同じものを愛せない男がいました。そこに悲哀も理解されない苦しみもなかったのに、彼が初めて不自由を感じたのは愛するものが処分されてしまうかもしれないと思った時でした。ペットを飼った人が一番怖いのってペットが死ぬことよりも、一匹のペットを残して自分が孤独死したらって部分だと思うんです。だから飼わないって人も多いんじゃないでしょうか。餌も水もなく、飼い主も失い衰弱していくしかないペット。絶望ですよね。
そんな彼の願いが叶ったのはなんの悪戯だったのでしょうか。そしてこの状態は本当に願いが叶ったといえるのか。わかりませんね。
死んで教師という存在でなくなってもまだ学校にいるので、田中さんは子供を特に好きになれなかったけど、学校という場所が嫌いなわけじゃなかったのかもしれないです。
三十八:つながる電話
電話での話なので、行動や表情が一切わからないように、セリフだけの朗読劇みたいなやり取りで書きました。結構挑戦的なことをやりましたね。そのせいでネタの内容が伝わってないんじゃないかと怖いのですが。
声だけでの会話って空気が読めなくて失敗してしまう経験、多々あります。電話怪談の多くは奇妙な声を聴く、謎の番号からかかってくる、辺りにある気がして、ちょっと違うことをやってみようと思いました。
携帯電話が停まってたってオチみたいに言ってますが、停まってたらどこにも繋がらない筈なんですよね。じゃあどこに繋がったのかって、厄介なところに繋がってしまいました。そこにかけてからというもの、彼女との電話でも「ある一部分だけ」は聞き取ってもらえません。何かに阻害されるかのように、誰かの悲願であるかのように、彼女と別れることになってしまいました。
最後に出てくる電話待ちの女性がカタカナで喋っている部分が、遮断されていた言葉なのかもしれません。声だけで優しそうな人だな、なんて勝手に思うことってあるあるだと思いますが……彼女は果たして。この男性がつながったのは、奇妙な存在との縁だったのかもしれません。
四十一:資料室の君よ
屍蝋というのが本当に好きなんですよね。何で見たか思い出せないんですが、推理ものか恐怖もので初めて見た時に衝撃を受けて。以来何度かネタにしているんですが、扱いが難しいです。
今回の屍蝋は聖人の遺体。安倍晴明の死体です。何度も回復する、時間を超越した万能の肉体。まだ誰も失わせていない、万全の状態の最初の彼を取り込めれば、不思議な力を得ることも可能だった(という設定の)死体です。
作中一切まったく説明されませんが、資料室が妙に冷えて湿度が高いのはあの遺体を保存しておくために前任の先生が魔術をかけていました。魔術師大バーゲンセールかな? 私、冷えたところに触れてくっついちゃって肉体がぽろっと取れたりする描写が結構好きなので、そういう意味でも冷やしてました。腕がすっ飛んでってくっついてるの、よい。
きいちゃんの家は容姿と才能を重んじる家系で、先祖代々妙に繁栄してきた一族です。最近衰退傾向だけど、それでも繁栄時代の風習は手離さない。こういうところも怖さの一種かもしれない。
私の作品ですとアドベントカレンダーに書き下ろしました「恋とはどんなものかしら」に出てきた運転手がきいちゃんの親戚だったりします。彼らの家系では容姿と才能を持っていない人間はいない者のように扱われたり、親戚中をたらい回しにされたりします。
きいちゃんは幼い時分から英才教育を受けており、才能には開花の可能性がありました。ただ、彼は推しとどめて周りに合わせているものの狂人の素質があり、命を救う代わりに何をしてもいいというような思想があります。他人を自分の基準で推しはかります。存在して構わない人間とそうでない人間を振り分けることが一般的に良くないことだと理解していても。
そういうところが縁霊寺に気に入られた理由かもしれません。目的のために自分の手を汚すことを厭わない若者が、彼は欲しいっぽいです。
作中に名前が出ているのですが、こちらの怪異はクトゥルフ神話のショゴスという怪物が元ネタ。詳しくは調べてください。実際のショゴスは切っても倒せないので、なんか弱い奴だったんでしょうね。雑だな。
ショゴスといういきものは再生能力もそうなんですが、人間のフリをできる上位存在がいたりするんですね。それから、ショゴスは人類の元になったともいわれていて、そういう部分で不思議な屍蝋と対比させたくて出しました。本当に学習して形状を変えるって強いので、TRPGの最中に目の前に現れたらまあ結構詰んでます。逃げられるといいね、くらいの。実際きいちゃんも殺すことは出来ず、縁霊寺が封印しましたが。ショゴスタピオカはいつかクトゥルフのオリジナルシナリオにしようと思っていたのですが、単体ではちょっと弱いので小説にネタを輸入してきました。人間になり変われるから内臓の真似もできるって結構とんでも設定ですが、面白いかなって。
きいちゃんとショゴスのやり取りのシーンは、これ医療行為だよね? って思うくらいにラノベのバトルっぽくしたくて頑張りました。ギャルゲのバトルの方が近いかもしれない。
医療用語を何ひとつわからない人間が書きました。許してくれ。
四十六:プール・ワンズ・レイジ
初期タイトルは「溺れろ」でした。後に一白界談の編集中のmeeさんにお話を場所シリーズでまとめたいと持ち掛けて頂き、もうその頃は頭がだいぶ死んでいたのですが……なんとかかっこいい題名になれました。よかった。
これは完全に「〇〇立方メートルの悪意に首まで浸かっていた」というところが書きたくて書いた話です。他人の憎悪が向けられていることに気づかず、毎日その恨みに晒されていたとしたら。それが、自分にとっては仲良くしていたつもりの、目をかけていたつもりの相手だったら……という、知って初めて過去の全ての時間が怖くなる系のホラーです。ヤンデレストーカーとかも気づかなければ幸せなもんですからね。果たしてどっちが嫌な奴なのかは、読者のみなさんの主観に委ねられています。
復讐の醜さ。無意識に行われるいじめのような行為。どっちもやれやれという感じです。あと、違和感を持ってもらえたら成功なのですが、普段私が書いているセリフと一人称の関係性を逆転させています。セリフの雰囲気と一人称が噛み合っていないように工夫しました。こっちが僕っていうんだ、と思ってもらえていたら嬉しいなあ。他人に見せている自分と本心が違うのは、二人ともであり、誰でも同じなのですね。
あと、周囲には滑稽に見える苦しみというのが結構描写として好きで。空っぽのプールで踊るように窒息する人、いいですよね。それを気分よく見下ろす、被害者だった加害者。絡まる髪の毛。だれの者かもわからない髪の毛の束も結構私苦手描写です。仄暗い水の底にショックを受けすぎでは?
ちなみに学校のプールの大きさを調べるのにとても手間取りました。
四十九:誰がための空席。
最後にアレっとなる話っぽく書きました。最初に「そういう子」というのがおばけのことかな、と思わせる。途中で知り合いという話が出てきて、子供の頃亡くなってしまった子なのかな、と思わせる。だけど最後に姉が「知らない」でも「忘れた」でもなく「そんな子はいない」と断言する。それがびっくりポイントです。
このお話は、実はつるちゃんはみっくんのイマジナリーフレンドでした、という話です。そういう仕掛けです。学校側がイマジナリーフレンドを保ち続けている生徒を保護して解消させているんですね。
みっくんのイマジナリーフレンドだからみっくんの隣の席が空席だった。イマジナリーフレンドだから昔から気が合った。家族はその存在を知らない。そして、なぜだか忘れていた。
学生は大人になるための準備期間で、過去と切り離される訓練の時間なのかなあという思いがあって。怖いながらも少しさわやかなお話を書きました。
五十二:伝染する最上の幸福
タイトルは私のもう一つのペンネームである「モガミ」ともかかっています。私は人の幸福とはその一部に愛することか愛されることが内包されていると思っています。そして無条件で愛されるのは赤ん坊の頃までかなと思っています。あと、無条件に赤ん坊を愛おしく思ってしまう体験をした時にこれって本能的で怖いなと思ったことがありました。
愛って病気みたいじゃないですか。人に伝染させましょう、って。みんな愛しましょう、愛されましょうって。それが当然の権利みたいなくせに、受動的に得られるのは一時的になんですよ。不思議すぎる。
話を戻して、つまり受動的に愛されてても許すよって世間的に言われているのが赤ん坊なんですね。なのに生まれてきて愛されるよりお腹の中の方がもっと愛されているという思想がこのお話にはこびりついています。
生まれたら愛されないかもしれないじゃないですか。なら、お腹の中ではお母さんと繋がっているから、愛される確率もあがる、みたいな。ただ、親からしたら愛したかったけど愛せなかったということもあるんじゃないかと。ラストの刑事のように。彼はもう赤ん坊を愛すのは難しいと思います。
愛したいけど愛せないにもいろいろありますよね。思っていたのと違うから愛せない。そんな余裕がないから愛せない、などなど。それで、このお話では愛したいのに向こうが愛させてくれないパターンを描いています。赤ん坊が親の愛を拒絶するというお話です。多分芥川龍之介の「河童」を読んで、生まれることを拒否する赤ん坊の部分に影響されたのだと思います。
思考能力がないと思っている相手が自我をもって動き出すのも怖いです。まずそうしない動きをされるともう怖いです。私、赤ちゃんがCGで喋るやつとかめちゃくちゃ怖がっちゃうんですよ。赤ちゃんが楽器演奏してるCGとか、すごい怖い。で、さらにお腹を痛めて産んで慈しんできた赤ん坊に自殺されるなんてもう最悪じゃないですか。
でもこのお話ではそこを事件として刑事が淡々と並べたてます。そうすることで変死の状況が様々であることを説明できますし、刑事の視点であることで社会的にまずい状況だぞという深刻さが簡潔に書けば書く程出ます。パニックものみたいにしたいなーって思っていたので。
あと、赤ちゃんが喋って真理や思想を伝えてくるのめちゃくちゃ嫌じゃないですか? お腹の中で別の生き物を育てていたような絶望とか、自分の身体なのに見えない部分って本当に不気味で。その辺は「資料室の君よ」でも書いているんですが、医者くらいしかお腹の中を見る可能性ある存在ってあまりいなくて、他人なのに自分より自分の中身を知ってる。すごい信頼が必要ですよね。赤ちゃんの記憶は大抵大人にはないわけですから、その子たちが知りえていて自分は知らないものがあること、大人はなかなか受け入れられません。
このお話のアーカーシャはアカシックレコードのことであり、インドの伝統思想のアーカーシャとは違います。詳しくはルドルフ・シュタイナーについて調べてもらえるといいです。勿論個人的な解釈をしているので、シュタイナーの説とはかなり違うのですが。
で、そのアーカーシャを通して全事象や全想念、全世界の過去未来の記録を見た最初の一人が、幸福の答えに辿り着きます。それが胎内で守られる絶対の愛を享受する幸福。その人にとってそれは真理であり、ほら、なんでも知っている人の説得力ってその思想がどんなものであれ素晴らしく見えてしまうことがあるでしょう。だから、カリスマ的に共感され、爆発的に伝染しました。
生まれる前の子供、そもそも細胞が形づくられるまでの時間と物質の変化。無と有の狭間は、虚に通じていてもいいんじゃないかな、と私は思います。科学で解明出来ても出来なくても、大多数の人間が知らないことが神秘として囁かれてしまうように、存在が確定する前の赤ん坊の意識、生命力はどこまでもつながった空間の中を漂っているかもしれない。そこで赤ん坊同士が結託して思想を伝染させる。胎児たちによる宗教の構築みたいな。マルヤのとんでも理論でした。
これでしか救われないと思ってしまう時、ここにしか存在できないと思ってしまう時ってあります。学校という匣の密閉性を感じる人っていると思うんですよね。合わなければ辞めればいい、転校すればいい、簡単なことじゃない。出来るはずだけど、様々な要因で難しい。逃げるや負けるって言葉の鋭さだったり、人に迷惑をかけてしまうからとか、理解してくれる一人の人を裏切れないとか。
会社は学校よりも少しだけ匣から出やすいです。自分のお金、自分の責任、引っ越しだってそれらを持っていればできるのです。それでも出来る筈なのにできないことが多いくらいで、大人になれば助かると思っていたのに絶望してしまうこともあります。だから、学校という匣は、いつでも出ていけるけど出られない、不可視の密閉性がある。
動物って、自分の身を外敵から守るには匣がいるじゃないですか。気温や雨、不特定多数の大小の自分を害するかもしれない存在。そういうものから守るために屋根や樹、土の下にいるわけです。それなのに、共同で時間を過ごす匣の不快さはどこにあるのでしょうか。
かれらは思ったのでしょう。苦しみや悲しみが本来匣の外にあって、それらを遠ざけるために匣があるならば、「自分以外の存在が匣に入っていることが不快なのは耐えられない」と。学校を飛び出して家に帰りたい、家という匣も一人ではない。しかしこどもには生活するには助けがいります。ではどこに帰ればいいのか、それが子宮です。
成長し選択肢を増やして、世界を開いて幸福を探して生きるよりも、閉じた胎内で覚えのあるあたたかさに包まれる幸福を選ぶ。さながらいつもの店で同じランチを頼むようなその行動選択は、確かにかれらにとって安全で安心なのです。
わかる気がする人もわからない人も彼らのような選択は取りませんが、そこで勇気を出して他人の感情や意見を無視してみたのが、かれらです。その思想は気持ち悪かったり憧れを生んだりしますが、どう転んでもそんなことを思いもしなかった様々な人々に衝撃を与えます。それが、パニックの引き金です。そしてパニックが広がるのは、事態を軽く見る人々と、自分だけには関係がないと思うこと、現状対処が不可能なこと。
一度生まれた思想が完全に消えることはありません。このお話の事件は減っていきましたが、きっとまた同じことがおきます。これからどんどん窄まっていく人類の序章です。などと、金澤少年のようなしゃらくさい持論を展開してみました。むかつきますね。
自分勝手な金澤が、なんども自分の幸福を追求することを誰が止められるのでしょうか。先に始めた人から生まれ変われることを知ってしまったら、急ぐ人がたくさん出てくるのでしょうか。このままでは二度と絶対の幸福を味わえないという脅迫。それが幸福といえるのかどうかは、刑事さんにはわからないのです。
オチはよくある嫌なオチにしてみました。後味悪く、絶望的に。どうかみなさんがこのお話に伝染しませんように。
五十七:あしびき
学校に昔からある古いものってなんか怖いですよね。なんでか大切にされてるとか、なんでか入っちゃいけないみたいな。このお話はそういうところに足を踏み入れてしまった時の罰みたいなお話です。結構あるあるですよね。たまたま礼節を守っていたから助かったみたいなの。
でも、一緒にバスケをやってる仲間が犠牲になったのって、助かった気持ちしないですよね。スタメンがいなくて、事故も起きれば大会には出られませんし。練習していた日々も無駄になっちゃうわけです。助かったじぶんがお見舞いに行くのも嫌かもしれません。そして疎遠になってしまったり。どれだけ真摯な頑張りがあっても一瞬で消えちゃうことがあって、まさかそんなことで? ということがトリガーになったりして。
あしびきは結構前からあたためていた創作の神様だったりします。山鳥の神様で、関所などに祀られる旅を守護する神様でした。お供え物をしてお参りすると健康を守ってくれて、安全に長旅ができるみたいな。現在は崇める人も少なく、妖怪と大差ないような存在になっています。
ただ目の前を礼節なく通るとその足を引っ張る。ほとんど機械みたいな、現象みたいな行動を取るやつです。そこに恨みや呪いはなく、もちろんなんの救済やお目こぼしもなく、そういう存在だからやるのです。意味もなくそういう状況にしてしまいます。
元ネタは百人一首にも収録されている柿本人麿の和歌。「あしびきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む」から。素敵なあの人のいない夜を一人寂しく眠るのかあ……みたいな歌です。枕詞の「あしびきの」は山に関係した言葉にかかるだけの、リズムをつくるためだけというと乱暴ですが、そういう意味のない言葉です。
そしてこのお話のあしびきもまた、祀られなくなってからは山に関係するというだけのとくになんの意味もない機構です。それでこの枕詞を使いました。創作妖怪です。ホラゲー作ろうとしてたんですよ以前。その時は体育館のある場所を踏むとスイッチになって足を引かれる妖怪で、プールのあるある七不思議の体育館バージョンみたいにしようと思ってたんですが。今回「プール・ワンズ・レイジ」でそのあるあるネタをやってしまったので急遽変えてみました。終わったことを勝手に調べてセンチに浸るあかねも大概です。
五十八:スノッブと楽隊車
元ネタは経済用語の「スノッブ効果」「バンドワゴン効果」から。本当は「ヴェブレン効果」も使ってるんですが、タイトルとして納まりが悪いのでこうしました。
バンドワゴン効果は他者の消費が増えるほど需要が増えること。つまり「みんなが持っているから欲しい」「流行りに乗り遅れたくない」「みんなと同じものもっている/みんなが買っているなら安心だ」という人間の心理からくる需要の高まりを言うそうです。
スノッブ効果は逆に他者の消費が増えるほど需要が減少すること。これは「みんなと同じものを持つのは恥ずかしい」「品質のいいものや、変わった形のもの、個性的なものがほしい」そんなこだわりの心理から生まれる需要です。
ヴェブレン効果は顕示性が高まるほど需要が増えること。高級なもの、認められたすごいものに価値を見出すことです。ミシュラン、豪華客船、ブランドバッグなどの「私ってこんなに高いものをもっているのよ、すごいでしょ」という心理からくる需要。
物語の主人公はこの経済効果を巧みに操り、自分の生み出した無価値な布のぬいぐるみを流行らせることを思いつきます。そうすることで自分の呪いを分散することが目的だった彼は、いつしか流行を生み出すインフルエンサーとなること自体に、その万能感に楽しみを見出していく、というお話。
個人的にはぬいぐるみって、ひとりかくれんぼで和ホラーシーンに輝いた感じがしますね。どうしても洋ホラーイメージが強かったのですが、ひとりかくれんぼってじっとりしていてザ・和ホラー要素があります。このぼべぬいは「うつらさん」とは違い純粋な降霊術であり、呪いの伝播機構としては「棒の手紙」でも描いた不幸の手紙に近いのに、主人公によって一部で爆発的に流行してしまいました。
お話全体のギミックとしては、読者に語り掛けるような書き方をしているけど、彼が語り掛けていたのは自分にとりついた霊でした、という部分です。一個前の「伝染する最上の幸福」と同じでこれも呪いが伝染するタイプのお話。あっちは思想の伝染で、これは本当に呪いがうつるやつ。しかも、意図して流行させているのですが、助かるためというよりは実験の意味合いが強い。好奇心旺盛で、ほんの少し賢い子です。
語り部は「僕が死んでも」で他の学校で教師をしている田中さんの弟です。あの時に妹が具合が悪そうだったのは、この子がぼべちゃんで呪っているからですね。こいつは嫌な奴です。呪いの流行を調査するって、田中くんは相当怖い発想をしますよね。
最後、彼は自分の霊にスノッブと名付けていることが判明します。流行を操っているようで彼もまた、人と違う霊を持っていたいという心理があるのです。というお話。子供の頃はよく学校の噂や七不思議を作って遊んでいたので、その経験が生きた気がします。嫌な子供だ。
五十九:棒の手紙
元ネタは不幸の手紙。これも社会現象を巻き起こし、手紙からメール、ウェブサイトと不死鳥のように媒体を変えて何度も生まれ変わる都市伝説です。みなさんの中でもどれかしらを目にした経験がおありではないでしょうか? こっくりさんと違って受動的ですから、自分が怪談に加担する気がなくても届いてしまうのが特徴的ですよね。
このお話では万年筆にとりついたサチという女性の亡霊が、不幸の手紙を通して怪異に膨れ上がったみたいな設定です。本編には書いてないけどストーカー気質の女性で、好きな人から手紙が欲しくて一方的にアプローチして万年筆を盗んでそれで手紙を書いて万年筆を添えて置いておくみたいな元々怖い人です。
創作のようにタイトルに据えましたが「棒の手紙」というもの自体は実在した不幸の手紙の派生系です。棒の手紙は不幸の手紙を書き間違えたまま広まったらしいのですが、その間違えた棒の手紙の方が怖いな、と思ったのです。間違えた内容をそのまま書き写したらいいの? みたいな不安とか、そもそもそこにあるべき字が違う字で書かれているのもちょっと怖い。
こちらではお返事が来るのを足を棒にして待っていた女性が怪異となったものをそう呼んでいます。会えない時間が愛情を育てるとはよく言ったもので、待っている間に勝手に妄想じみた思いは膨れ上がり、こんなに大きくなりました。
とてつもなく大きい怪異というと見上げ入道だとか、古くから妖怪としてメジャーですね。大きいということは恐怖に繋がるわけなんです。私は本当にこの大きい系の怪異が苦手でtamaさんの「生首団地」とかはブチギレ散らかしながら読みました。怖すぎるよ。
サチさんは、昨今萌えキャラとして落とし込まれて恐怖を薄められつつある八尺様の巨大バージョンというイメージ。萌えカルチャー的な部分は踏襲つつもしっかりと不気味に描けていたら嬉しいです。なんで世間の萌え八尺様とわざわざ戦うんだ私は。そういうとこだぞ。
ギミックとしては読み始めてすぐに文章の崩壊に気づき、どうやら棒というただの誤字には思えないぞ、というお話。でも人間の脳ってある程度文章を補完してくれるので、だいたいどんなことが書いてあるかわかってしまうんですね。
この園田くんが可哀相なのは、万年筆を買ったのも偶然で、手紙をお姉さんが持っていて返事を書けなかったのも完全に事故ということです。まあ、彼の性格だと多分期日に間に合っても書かなかったと思いますが。
見慣れている風景の違和感の正体が怪異そのものだったというのも恐怖ポイントです。見上げたら大きいものがいる。しかもその怪異に身の覚えのない愛情を囁かれる。この辺は「つながる電話」とも近いですが、サチちゃんはだいぶ積極的な子なので……。眼球同士のキッスってもう少し耽美的なものだと思うのですが、自分の身体より大きな眼球とくっつきたくはないですね。
怪異に食べられるというとムシャムシャされるイメージがありますが、彼女の場合は多分丸のみできるサイズです。また、かわいいから口に入れたいくらいの気持ちで一回園田くんを口内に入れました。意味がわからないですね……。言ってることもずっとわけがわからない。それを愛だと宣う。迷惑な話です。
この手紙は万年筆の持ち主に届くので、買った時点でアウトでした。付喪神とは違いますが、物には所有者の念が宿ると言いますし、中古品を買う際にはくれぐれも気を付けてくださいね。
六十一:ヒゲゲゲン
タイトルは作中でも出ましたが、けうけげんより。かなりライトなギャグ調で進み、感動系のオチに向かう話。人と怪異は交われない、というのがテーマ。
実際にはこのヒゲゲゲンはけうけけげんではなく、麻桶の毛と呼ばれる妖怪です。神社のご神体である桶に入れられた毛の妖怪で、その神社の神様の心が穏やかでない時に毛が伸びて人を襲うというものです。麻桶毛でマユゲと呼んだりもします。仙人じいさんの眉毛も長かったですね。関係ないのですが。
今作では麻桶毛を神様の感情を表す=お告げをしてくれる神々しい存在としています。とある廃れた神社の神様が力をなくしていて、麻桶毛を使って人々を襲い、エネルギーを集めて持ち直そうとしています。
この仙人のおじいさんは、効率的かつ安全に神様の力を取り戻すために、知人の神主さんから預かった麻桶毛を人に寄生させて飼育する方法を編み出しました。しかし、主人公は話を聞かずに麻桶毛を持ち去ってしまい……というお話。
仙人のおじいさんと後の方に出てくるお坊さんは同じお寺のお坊さんで、良い人そうなおじさんのお坊さんは、仲間に言われて麻桶毛の宿主を探して、見つけてからお寺に誘い込んで監視していました。実は縁霊寺とも知り合いのお坊さんたちです。よく出る寺だ。寺がでたら勝つるんです。
かなりゆるいお話として進んでいくのですが、後に語られる通りかなりの規模の人間が衰弱する大きな事件が起きています。人外とのふれあいストーリーを描くなら最後はハッピーなのも書きたいなと思っていて、でも実害はある。それから目は逸らせないよね、という現実感も出したかったんです。かわいくたって危険な存在はいて、それらは人間が生きていくためには時には排除される。
ヒゲゲゲンの鳴き声である「やん」は「YAM」と言っていて実は結構可愛くないのですが、なんでそんなファンキーなのかというと冒頭の仙人じいさんがロックとかが好きだっていうそれだけです。このおじいさんは嘘つきでわがままで、見た目も簡単に変えられてしまうので、主人公が髭が生えない文句を言う機会は一生ないかもしれません。儂説教とかする側じゃもんね。
必要のない情報として、お話を聞いてくれたいいお坊さんが藤岡、てきとうおじいちゃんが妙勝院といいます。ラストのあるあるいい雰囲気オチ、結構気に入ってます。
六十四:ひみつペット逃走中
猫好きの高村くんが大失敗する話。意味怖系のテンプレみたいな作り方をしています。三毛猫の雄だと勝手に思い込んで、友達の猫を自分のものにしようとするところがまず個人的に怖いです。どういう思考回路したらそうなるんですか。
写真が嫌いとか、近頃物騒だとかの描写が伏線です。益子くんが飼っていたのは危険な匂いのするおにいさんでした、というオチ。札束を握らせて言うこと聞かせようとする人も怖いし、そのお金の魔力というのに抗えない子供も怖いし、個人的に気持ち悪いな~という話です。
六十五:無関心なんだよお前は
出だしで軽快な音が鳴るお話が好きです。デスゲーム系とも違うんですけど、理不尽クイズ番組というネタも好きです。これ難しいのが、私はただ揶揄される世界観はあんまり好きじゃなくて。そういう世界観に置く場合は愉悦よりも一段飛ばしの別角度の不気味さを宛がって中和するしかないって思ってるんですよね。 悪者に罰が下ることの爽快感って、ざまあみろまで言っちゃうと不快なセンサーにひっかかるじゃないですか。ここまでそういう話書いてきて何言ってるんだと思われるかもしれませんが、一応自分のライン引きには忠実にやってます。そのせいでまともっぽい奴がズレてる話が多いのかもなあ。趣味かもしれませんが。
このお話は視角的なイメージを大切にしていて、なのでテレビのセットとかそういうものは描写していこうと思っていました。短めの話の予定でやったので、できるだけ簡潔でありながら、映像的であればいいかな、と。実写ドラマとかでやると出オチ的にビビッドな色合いが出て面白そう。
自分の選択に誰かの命運が委ねられるのが本当に嫌いで、トロッコ問題とか私を轢き殺して終わりにしてくれよと思います。そういう恐怖を描いたのがこの作品になります。人の名前を覚えられないことを、人に興味がないって言いきられるのも怖いし。そういう、あからさまな刃物で刺されることの痛みというか。錆びたナイフで、傷口からよくないものが流れ込んできちゃう痕をつけられちゃう感じですかね。
ただ、このお話の主人公は極限状態に追い詰められて、このクイズを逆手に取る手口を思いついてしまいます。悪魔的ひらめきで、済まなそうな顔をしながらテレビ番組を利用した彼のことを、スタッフは見抜いている。そういうヒヤッとした部分がそのまま題名になる。そして、オチでそれが露呈する。自分の思い通りに他人の見た目を操作するという、悍ましいほどの執着と無関心。
あー、あの人、あそこさえ違えば好みなのにな、という感覚へのハテナを感じて頂ければ面白く読めるかもしれないです。そういう話でした。
六十六:一蓮托生
これはラノベ的に書いた話で、わかりやすいボーイミーツ怪異です。そんなジャンルないですか。嘘だ~。蓮コラがシンプルに苦手なんですけど、怖いものみたさ的に見ることもあります。で、問題は見てわかるグロであるならば、お話としてどう怖くすればいいのかな、という点。しつこく描写するしかないかなあ、あとはギャップかなあという感じで。かわいい少年像みたいなものを蓮見くんに詰め込みました。多分、ちょっと昔のヒロイン像みたいなもの。青春群像劇って感じに書いてみたかったんです。
植物の怪異っていうのも書いてみたいな~と思っていて。人型でも動物型でもなく、蟲でも不定形でもないやつ。願いを持っていなさそうなもの、かつ付喪神のように物として大事に保ち続けられない。生きてますからね。大事にしても生は終えるし、コミュニケーションも取れない。手をかければ綺麗に咲いたりはするかもですが。しかも蓮って期間が短いし。樹木じゃないから一回枯れちゃうと消えちゃうし。
妖怪でもなくて、神話生物でもなくて、ただ青春に憧れる蓮の化け物を作ってみたかったのです。さよならの後もポップにさわやかに、夏に飲むサイダーのように煌めいて刺激的にという結末。
タイトルは仏教用語より。極楽浄土で、同じ蓮の上に生まれ変わろうね。どう転んでも、善悪なんて関係なく運命を共にしようね。という蓮見からのことばのようです。人のことばを話す怪異と友達になんてなっちゃダメなんですよ。ほんとにね。
七十一:ネクベトの食祭
わかりやすくカニバリます。ですが、ここでの不気味さは食人にはなく、人間が飼育されたり、その肉が粗雑に扱われたり、あと衛生観念に悲鳴をあげたくなる感じの恐怖です。おいしいご飯屋さんにバイトに行ったら厨房が死ぬほど汚くてつらい、みたいなお話。そうか?
オチはヘンゼルとグレーテルっぽくしています。
タイトルのネクベトはエジプト神話の神より。ハゲワシや、女神の姿で描かれているらしいです。古代エジプト神話ってどうやら神が似た側面を持っていると結び付けたり、習合されたりするらしく。このネクベトという神は葬祭の神であるケンティ・アメンティウと同一視されたりするみたいです。オシリス信仰では豊穣の側面を付与され、母なる女神、出産の神としてのハトホルと一緒にされたり。
本作の老婆はこのネクベトの信仰があるどこかから来た人です。ハゲワシとしての死体を漁る葬送の意味合いを含む部分。信仰に篤く、食したものを糧として次世代に繋ぐ女神の側面。両方の性質をそっくりそのまま伝える巫女のような立ち位置です。
ちなみにお腹に小麦を丸めたものが詰まっている描写は、食人文化の代替みたいにできたやつらしいですね。色々調べていて興味深く、これをそのまま不気味だねで書くと文化そのもの、歴史そのものの否定みたいでしっくりこなくて、不衛生を不快に思う、そういう怖さの方面で描きました。おかげで自作によくいる着眼点がズレた主人公が出来上がってしまいましたね。tamaさんのお話とどこかで繋がっているよ! どれかな? 見つけてみよう!
七十四:愛されるべき金魚
絶対一話は金魚の話を書きたかったんですよね。これは人間と金魚の話です。
もともと、この「オクサリサマ」というのは「あしびき」と同じでホラゲー用に作っていた創作妖怪です。元ネタは「尾ぐされ病」という魚の病気です。水質が悪くなると繁殖する菌が起こす病気で、尾ヒレが白く濁って、だんだん扇状に裂けて最後は衰弱する、という病です。
最初はゾンビパニック的なノリのつもりで、尾ぐされ病にかかった金魚のいた水が粘膜に触れて特殊変異した細菌によって人間の皮膚が腐って裂けてしまい、それが広がっていく話のはずでした。でも、肉体的な恐怖ばかりだと味気ないし感染系もいっぱい書いたので、どうせなら醜い人間にはかわいい金魚になってもらおう! と思いました(?)
自分の細胞が侵されてしまい、認識が金魚のままでまだ人の形をしている人間──というのは、読者や彼の周囲が感じる恐怖なんですね。もう金魚である石山少年は、自分が金魚であることに恐怖は抱きませんから。
そして、これは金魚としての恐怖の話でもあります。人間がいっぱいいて、大声あげたりして落ち着かない。うまく前に進めないし、なんか少し息苦しいし、みたいな。人間の観測することのない、魚目線の恐怖を見せられたらなと。よくわからないもの(布)で包まれていて気持ち悪いな、とか。
あと、よく怒られるのですが。人間の尊厳を壊すためにはやはり人前で排泄をさせるしかないんですよね。身近な恐怖です。人間のままならトラウマ確定ですが、思考が金魚なんでそれが怖くないっていうズレも描けました。金魚ってフンをしたらふよふよと流れていくものですから、それが身体についたままなのも石山金魚には不快だと思います。
どうでもいいのですが、元ネタの病気が薬湯治療を根気よくやって治すものでして、石山金魚も温泉に毎日浸からせていると次第に皮膚の下から突き破ってくる鱗が治っていきます。まあ、そういう文献や伝承が残っていて、それを彼の周囲の誰かが発見できればなのですが。そして、思考回路が戻るかはわかりません。
でも「カプグラのマリア」でも描いた通り、見た目が人間らしく戻れば、人間として介助されて暮らしていくのかもしれません。彼の中身が、精神性が金魚に侵食され、そのものであることを現代の医学では改名できませんから。真意や思考が彼のものであるかどうか、確かめる術はありません。古来より呼ばれた「狐憑き」だって、ほんとうに狐が憑いていない確証はないじゃないですか。医学的に名前をつけて、安心しているだけかもしれない。怪異は名前を与えられると噂をされて強くなる場合と、理解したということで一段落つく場合がありますよね、名前付けに関してはmeeさんの98話を読んでください。
石山金魚はパンが食べたいだけです。欲求とその解消をするだけの回路です。それが人間と何が違うのかなんて、誰にもわからないのです。私も寿司が食べたくてそれ以外もう絶対嫌、寿司を食べるまではなにもしたくないみたいな時ありますからね。
解決法まで思いついていても書かないことを選びました。これはそういう話ではないので。
七十七:ひと夏の記憶
ずっと温めていたネタです。物の思念を考える時、ボヤ騒ぎがあった家などはその熱を覚えているのだろうか、というお話。私は霊が出る場所が寒いのは、あちらとこちらを繋ぐ境界が真空状態になることによるものだと思っているのですが(?)それと組み合わせたらトラップになるだろうなという邪悪な思い付きからこのお話が生まれました。これも火傷した時の水膨れを思い出しながら書いた半体験談です。
さっくりと状況だけ書いたけれど、その状況は想像するとなかなかに理不尽で恐ろしい。今後この場所は危険だと語り継がれる場所になる、怪異としての箔がつきはじめる瞬間を描いてみました。
七十九:作業用雑音
一作くらい楽してもいいかな、という邪悪な思い付きから書きました。さっきから邪悪すぎる。三十三作書いた自作の中から悲鳴などを抜き出してラジオにしてみました。
作業用に聞き流すものって静かな音のほかに、聞きなれている音っていうのもあるじゃないですか。きっとこの主人公はそういう人なのでしょう、と思うとさらに嫌ですよね。ある意味本領発揮の一作。
八十一:だご、はいつ頃啼くか。
イゴーロナクだよ! なんか嫌因習村に嵌められそうになるよ。嫌因習村って当て字とかあるよね(?)
八十六:ガッコウノカイダン
多分一番痛くて救いが無さそうな話。浦島太郎感もある。
meeさん作品の二階と藤田が出てくるよ。
九十二:とある学生の投稿作品
後味最悪系です。匣から始まる一連の封印されたもの、呪いの伝播について、卒業文集で振りまく潔さ。
九十三:私の彼は魅力的
ま~たニャルが。これは友情より恋愛を取る残酷さの話。
九十九:ものかきといふばけもの
ペオルで聖書を読みすぎて語り口がうつった。自分を神だと思って人類に警告しました!(?)
書き途中だったので無理矢理書き終えました。文章量に差が出すぎ!
とにかく文フリに間に合ってよかった……!
四人の馬鹿がおりまして
今回の記事では、エイプリルフールの突発企画「嘘だらけ本」の解剖をしていきたいと思います。この「嘘だらけ本」という企画名は今考えました。
当初私はなにもするつもりがなく、完全に4月1日を受け手として迎えるつもりでした。ところが、いつものようにmeeさんが「なにをしますか!」と思い立ち、tamaさんより企画が持ち上がり、私がそれに賛同し、全会一致になるいう形で始まった企画でした。
3月最後の日、多分19時前とかそのあたりの時間に企画が確定したもので、実際の作業は大抵22時以降に始まるものですから大騒ぎでしたね。
コンセプトは全部嘘。互いがどのような作品を作るかもわからないまま、meeさんは表紙を、私が本文を、tamaさんが解説を書く、というめちゃくちゃなものです。それぞれ存在しないものを懸命に書くという馬鹿馬鹿しい催しを、大笑いしながら作りました。やはり馬鹿というのは真剣にやらなくては面白くないですからね。
解剖、と言っても私はお二人の制作意図を知らないので、勝手な妄想による考えを描かせていただきます。
表紙は「なにものにも見える、なんでもないもの」を意図されたのかな、と思っています。なんですか、ビビットな色彩で肉薄した作中の「アレ」って。てきとうなことを言いすぎている装丁の説明にも相当笑いました。しかも作中では表紙を切り取る変な人が出てくるんですか。なにそれ……めっちゃおもろいやん……読みたすぎるんですけど「ピンポイント・ドール」……多分それ私好きなやつですよ。
というか、表紙のデザインがマジで良すぎるんですよね。私がビビットな色彩が好きなことを汲んでくれているんでしょうか。不気味でグロテスクで、なのにどこか愛嬌のあるイラストが、本当に私の作品とマッチしていて素敵でした。
なんか単純にファンアートをいただいたような幸福がありました。ラッキー。
なんですかその「おきもち曼荼羅」って。シリーズになってるんですかしかも。463作目のところで「しろみ」になっている優しさがすきです。tamaさんのこういう言葉遊び好きなところはキャラクターとして引き上げやすい要素です。
文章の勢いだけでもずっと笑っていたのですが、おかしいところがありすぎてツッコミきれないんですよね。meeさんが総理大臣賞と政界進出に関連性あるんですか!?と言った時には本当に堪えきれなくて夜中に大きな声を出して笑ってしまいました。
書いている最中「お二人ともてきとうな言葉と好きな色を教えてください」というアンケートがあったので「ロキソニン」と私が答えmeeさんが「ピンク」と答えたのがまさか文中でああ使われるとは。ロキソニンはもともとピンクなんですよ。
あと私が認められるの後世すぎて笑いました。最後の一文に出てくるシロナガスクジラが好きだったんですが本番バージョンでは消えていて泣きました。
そして私の作品「四人馬鹿」ですが。
この作品を解剖する鍵はいくつかあります。まず、この本が放課後文殊クラブの創作物であり、それぞれにモチーフとなるキャラクターが存在していること。ガワの性別を変えるのはエイプリルフールの醍醐味ですよね。というわけで。
mee→目→耳→ミミ。三馬鹿のツッコミ役兼まとめ役。
tama→環式→鎖式→サシキ。三馬鹿のボケ担当兼相談役。
maruya→丸山→角海→カクカイ。三馬鹿のサボリ担当兼意味深役。
という彼らの真夜中三馬鹿社交界がテーマでした。ちゃんとキャラデザもしてあるんですよ。
三人は嘘の日をそれらしくするためだけに生まれた存在です。文殊クラブの三人の分身体のようなもので、四月二日には消えてしまいます。彼らは自らが消えるために謎を解いて部屋を出て行こうとしているんですね。
“”で囲まれた単語はすべて4月1日と関係している言葉です。この日に“ラフマニノフ”は生まれたそうです。誕生石である“ダイヤモンド”の石言葉が“清浄無垢”らしいですよ。これから清浄無垢な少年が現れますよ~という始まりです。
調べてみると、当たり前のことですが年度初めだから色々な団体が発足したり、法律が制定されたりしているんですよね。
そして、この三馬鹿にお付き合いくださる、もう一人の馬鹿。空いた椅子に座るのが、四月馬鹿を楽しみ、あのPDFを覗いてくださった皆様おひとりおひとりになります。
作品はマルヤが書いているので、途中言及される「ですげーむ」のマスターは私になります。これはtamaさんが夕方「デスゲームものでも書いたらいいのでは」と仰っていたので、私たちの分身体を殺すことでそれを達成しようと思いました。誰も自分が殺されると思って提案してないでしょ……。
あと、どうせなら一緒に死にたいのでみんなで解いて馬鹿馬鹿しいオチで死んでもらおうと思いました。言ってること危険思想みたいになっているのですが、なぜなんです?
ラストで三馬鹿は、元の三人の神に戻るため、という大筋を「らしくしながら」実行していきます。4月1日は嘘の新年。新しい年度を迎えるために、一層新しい挑戦をする自分たちに出会うための日に。
ミミがコートを脱いだのは“衣替え”だからです。ガワを脱ぎ捨てるために。
カクカイがしていたのは“腸抜き”です。内臓に執着があるマルヤらしくするために。
最後にサシキが狐キャラ最大のライバルであるタヌキを生み出して、終了。
四月一日=わたぬきのオチは最初に決まりました。終わりに向かって走るための、小説という虚構と向き合っている私たちの別段変わらない、そんな嘘物語でした。
それでは、“”の中身を調べることは付き合いのいい馬鹿であるところのみなさんにお任せして、私も私らしく4月2日を始めることにします。
お昼寝でもしようかな!
「歯ブラシ取りが歯ブラシになる」「なにそれ?」
ディン、ドン。
スマートフォンの通知で目が覚める。買った時には既に入っているカレンダーアプリは、一度繰り返し設定にしてしまうと毎回同じ時間に決まって俺を叩き起こした。こうなることがわかっていたのに、持ち帰った課題に取り組んでいた俺も悪い。というか、というか。全部、全部俺が悪い。目を覚ましたと言っても、ほとんど眠った気はしなかった。
通知を切ればいいし、予定の削除をすればいい。たったそれだけのことができないで、俺は毎年ため息を吐きながら起き上がる。それができれば、もう二度とこんな夜中にこんな気分で目覚めることもないはずだ。こんな、思い出すたびに心臓をフォークで一突きされるような、最低で最高な気分で。
どうすればよかったかなんてわからない。わからないまま、寝ているのか起きているのかわからない毎日を過ごしている。ずっと眠って夢を見られるならその方がいい。あの真昼の日差しみたいな笑顔が見られないなら、もういっそ、死んでしまうのも手だ。
でも、真夜中に太陽が見えなくなってもそこにあるみたいに、この世界に一緒に生きていることがやめられない。同じ町で、こんな狭い町で、同じ場所に毎日通っていて、それなのにもう二年も会わないままで。
土砂降りの雨が窓を叩いた。風がごうごう吹いている。立ち上がった俺は冷蔵庫から一リットルのほうじ茶の紙パックを取り出して、三分の一ほど残っていた中身を飲み干した。喉はまだ乾いている。潤うことなんてない。俺の首に設置されてしまった喉には悪いことをしたと思う。
十二月三日、午前零時。通知にはこうあった。
“歯ブラシ交換の日”。
夜中に降り出した雨は朝方まで続き、雨のせいってだけでもないけれど、俺はほとんどまともに眠れないままアラームを最初の一音で止めた。カーテンを開けばまたいつ降ってもおかしくない曇天で、天候が俺の気分に応じて変わるなら、どうせなら雪にしてほしい、とそう思う。
俺は電話を一本入れて大学の講義を丸一日休んだ。三回目ともなると慣れたものなのか、友人も講師も体調を気遣う連絡をしてくることはない。なにか重大な、例えば大切な人の亡くなった日かなにかと思い込んでいるらしい。普段は人を食ったような態度の幼馴染も、理由を知っているのに周囲には黙っているみたいだった。
なんてことはない、ただ歯ブラシを買いに行くだけのことだ。それだけなのだが、言いあぐねている間にそういうことになった。そういうことを積み重ねてきたから、俺は今日に囚われている。こんなどうでもいい記念日かどうかもわからないものに振り回されて、いつか将来を左右する重大な予定と被ったらどうする気なのだろう。重大な予定ってなんだろうか。歯ブラシを交換するよりも大切なことなんてない気がする。きっと、あいつもそうだろうから。
アーケードにはところどころに水たまりがあって、こういう日は決まって黒い靴を履くことにしている。以前、黒と白と灰で身に着けるものを構成するのがいいと教えられて、言われた通りに白い靴で雨の日に出かけてため息をつかれたことがあった。それから雨の日とその次の日は、黒い靴を履くことを意識している。
そのため息をついた男が、勝手に俺のスマートフォンに記念日を設定した張本人だ。その記念日が今日で、それが歯ブラシ交換の日。お前はなにを言っているんだ、と幼馴染に一度言われたことがある。俺もよくわからない。異文化交流みたいに、人の大切な日常の決まり事を真似しているだけというか。とにかく、俺にとっては十二月三日なんて、それまでは普通の数ある毎日の一部だったわけだから。
その日、唐突に彼が今日は休もうと言い出して、一度は断ったものの押し切られ、仕方がなく二人でドラッグストアに行ったのだった。よく覚えている。高校一年の冬、どこからか持ち込んだこたつに寝転びながら、彼はせっかく着替えた制服のジャケットをむりやり脱がせてきた。
「歯ブラシ交換の日だぞ。学校なんて行ってる場合か?」
彼のなかで歯ブラシがそんなに重要な意味を持つものだと知らなくて、俺はきちんと謝罪をしてから私服に着替えた。その、実を言うと最初は「そのルールって俺も守らないといけないのだろうか」と思ったりもした。けれど、すぐに思い直した。家庭の決まり事を教えてくれるなんて、彼は俺のことを相当親しい間柄だと思ってくれているということじゃないだろうか。確かに俺たちは今や家族みたいに二人で暮らしているのだし、そういうことは二人できちんと分かり合っていくべきだ。
学校をサボったのはその日が初めてだった。俺たちの高校は全寮制の男子校で、寮を抜け出して授業をサボるのは至難の業だと言われていた。それを彼は簡単にやってのけた。それも、そんなことをするはずがないと思われていた、生徒会役員の俺を伴って。
まさかその至難の業をそれから三年連続で成功させると思っていなかった教師陣は、俺たちが卒業する頃には胸を撫でおろしていた。様々な知り合いに注意をされたものだが、十二月三日にサボる以外、俺たちは至って真面目な生徒だった。後から聞いた話だが、三年の十二月にはもう誰もかれもこの日のことを諦めていて、校長先生もが俺たちが抜け出すのを見送ってくれていたらしい。
あれから俺は、その日の朝まで使っていた歯ブラシをどんなに新しくてもゴミ箱に捨てて、毎年歯ブラシを交換している。高校時代と同じ行動を、虫みたいに、プログラムみたいに、毎年繰り返している。毎年さらさらの雪が降っていたけど、一昨年と去年はからっと晴れていた。今日なんて、昨日の雨雲がまだどんよりと残っている。同じ条件になってくれるほど天気は甘くないし、あいつも甘くない。この日に雪が降らなくなって、三年目になる。
どこにでもあるチェーン店の入口には、だいたいどの店舗にも同じ赤と緑のマットが敷かれている。いらっしゃいませ、の字が消えかけるほどに泥で汚れているそれは、水を多分に含んでいて踏むと嫌な感触がした。なんとか最小限の歩数で通り過ぎようと歩幅を微妙にずらして奇妙な足取りで入店すると、客や店員の注目を浴びてしまい、少し恥ずかしかった。
あの頃は靴下を濡らすとすごく怒られた。誰が漂白すると思ってるんだよ、もっと考えて歩け、なんて。
店内は外の天気のせいか、うっすらと暗い。テーマソングが控えめにかかっていて、化粧品売り場には女子高生が制服のまま屯していた。やっていることは彼女たちと同じだな、と思いながら年末セールと銘打たれた手書きのポップに促され、歯ブラシコーナーに向かう。
「黄色がいいよ」
そう言ってあの日、霧島牧野は俺の買い物カゴに黄色い歯ブラシを放り込んだ。マキは中学二年の時に都会から転校してきて、俺の後ろの席に座って以来の腐れ縁だ。俺は腐ってなんていないと思うけど、いつでも真新しいぴかぴかの関係だと思うけど、マキは俺たちのことを誰かに話す時、必ずそう表現した。
マキは転校してきてすぐに俺の服装や髪型にやたらと口を出した。モノトーンを勧めてきたのも彼だった。こうした方がいい、こういう風にすればダサくない。
「なんだよそれ、俺がダサいってこと?」
そう尋ねた時に彼は何も答えなくて、俺はわずかにショックを受けた。彼のことを霧島、と呼んでいた俺にマキノと呼べと言ったくせに、自分は俺のことを廉二郎と呼ばなかった時にも、俺はたしかにショックを受けた。
フラペチーノを初めて飲んだ時にかき氷みたいだと言ったら笑われて、それ以来マキが「コーヒーかき氷」と呼び始めたことはそうでもなかったけど、クラスの他のやつも同じようにコーヒーかき氷と呼ぶようになった時はもっとショックだった。
当然、マキが四年間に及ぶルームシェアを解消して出ていった日は、なにも手につかなかったんだよ。わかってるだろ?
マキはいつも眩しかった。昔からこの町に住んでいたみたいに、すぐにクラスの中心人物になった。俺の気難しい幼馴染とも簡単に打ち解けた。
三木聡、という少々ひねくれた物言いをする(悪いやつじゃない)俺の幼馴染は、昔からこの町じゃ少しハイカラな方で、いつの間にか聡とマキは「マキミキコンビ」なんてセットみたいに呼ばれるようになっていた。二人とも勉強も運動も得意だったし、人をからかうのがうまかった。俺も成績では同じくらいだと思うけど、周囲には仲間には見えないみたいだった。
ある時、体育の授業で容赦なく俺の顔にボールをぶつけて退場にしたマキを指さして「あいつって太陽みたいに笑うよな」と聡がなにか言いたげな目で俺を見た。その日初めて俺は人に喧嘩を売られて、取っ組み合いの言い合いをして、聡に馬乗りになって顔を四発殴った。
昔から俺は聡に敵わなかった。おしゃれでかっこいいと思っていたし、みんなにもそう言われていた。その喧嘩だって勝ったってわけじゃなかった。先生が来て取り押さえられてしまったので勝つまではできなったし、顔を殴られた聡は次の日も普通に俺に話しかけてきた。
こんなことではいつかマキが取られてしまう気がしていたし、多分、もう取られていた。だって、誰も俺たちのことを「レンマキ」なんて呼ばなかったんだ。
「簾二郎。今年も黄色い歯ブラシを買いに来ているのか? お前ってやつは本当に女々しいな」
金色の髪をかき上げて、聡は鼻で笑うようにそう言った。照明を反射した髪がちかちかしていて、薄暗い店内では星が瞬くようだった。彼は昔から目立つ男だった。他人なんて興味ないふうなのに、その他人が彼を放っておかなかった。俺は目を細めて、十年来の親友の、その眠たげな顔を見つめる。知らない間にピアスを二個しているということは、どこかで二回痛い思いをしたということだ。
「なにをしている? 空想でデートでもしていたか? しかし、飽きん奴だな」
「昔のこと思い出していたんだ」
「お前は回想に浸っているくらいのつもりだろうが、店の歯ブラシ一つ一つに呪いをかけてるようにしか見えん」
「俺は呪いなんて習得してないよ」
「そうか。まだなようで良かった。その女みたいな顔に反した腕力に呪術まで加わったら僕はお手上げだ」
店内の鏡に目をやると、黒い髪に黒いニット、黒いズボンに黒い靴の男が映っていた。眼鏡を外して、じっと見る。
女みたいな顔、そうだろうか。本当にそうなら、女好きなマキは俺の顔が好きだったはずだけど。俺は腕時計を確認して、もう一度聡を見上げる。一コマ目はもう始まっている時間だった。
「先に言っておくが、僕は午前授業がない。お前と一緒にするな」
「黄色がいいって、マキが言ったんだ。目に付くから、マキの持ち物が暖色系だから。交換すれば、離れても傍にいる気がするからって」
「自分の話たいことしか話せないのか、お前」
マキがの方が、一緒に住もうかと提案してきた。同じ大学に入った俺たちは、家族からの仕送りを少しでも減らすため、二人でルームシェアして金銭的負担を分割した。高校時代の三年間を相部屋で過ごした俺たちは、互いの生活空間を分け合うことに慣れていた。それだけじゃなくて、互いに家事をしながら、苦手な教科を教え合いながら、バイトの日をずらしながら、そうやって補い合いながら暮らした。
幸せな日々だった。高校生活の延長線上だったとはいえ、マキが一緒に住む相手に俺を選んでくれたことがとても誇らしく、嬉しかった。飲み会の帰り道は泥酔したマキに肩を貸して、同じ部屋に帰れることが嬉しかった。二日酔いの朝は間違えて俺の歯ブラシを使いそうになるマキに、だから色の交換なんてしなければ良かったのに、と文句を言ったこともあった。マキの歯ブラシは灰色、俺は黄色。十五の時にそう決めたから、とマキはつっぱねた。俺は彼が歯ブラシに並々ならぬ感情を持っていることを思い出して、正座をして謝って、ハーゲンダッツも買いに行ってようやく許してもらった。
それなのに、その生活を終わらせたのもマキだった。急だった。悪魔みたいなやつだとマキに思ったのは一度や二度じゃなかったけど、だったら地獄まで一緒に連れて行ってほしいと思ったのはこの日が初めてだった。
「結構金たまったから、一人で暮らせるようになったと思う」
そうなんだ、と俺は答える。そうなんだよね、と言ってマキは黙り込んだ。
「じゃあ、歯ブラシ買いに行かないといけないし、もう行くね」
「それは大変だ。急いで行ってくれ」
マキは出て行った。どうして出ていくのかは理由を知らされた。だから、今までありがとうとその背中に伝えた。楽しかった、身体に気を付けて、と。返事はなかったし、学科が別々の俺たちはそれから会うことはなかった。俺は彼の居心地のいい相手にはなれなかった。
聡はマキを太陽のようだと言ったけれど、マキは本当に冷たいやつだった。人の話は相槌を打ちながら聞き流しているし、約束した予定を平気ですっぽかす。それなのにちゃんと謝罪するし、埋め合わせをしたりする。
綺麗な子が好きだという癖にバイトを理由にデートの誘いを断るし、合コンで意気投合した相手の連絡先を交換してすぐに消すこともある。
彼女との記念日を忘れてフラれるのに、ひどい男に泣かされている女の子のために、その男のアパートに殴りこんだこともある。ひとしきり慰めた後、その子の告白を平然と断ったあたりで、俺は少し気の毒に思った。
マキは、ちゃんと優しい。親切で、正義感がある。気配りができて、人に手を差し伸べられる。明るくて、元気で、誰とでも気が合う。だけどそれと同じくらいさっぱりとしていた。マキの連絡先に俺の名前があればいいけれど、もう、きっとそんなことはないんだろう。
聡とは今でも連絡を取っているらしい。飲みにも行くらしい。どうしてだろう。それがわからないから、俺といるのは嫌だったんだろう。もしも強引に引き留めていたら、聡に勝てない俺は──俺はマキの中でその他大勢になってしまうような気がした。
あの日だって、毎朝の歯磨きチェックで俺の口の中をライトで当てて「よし、相変わらず綺麗な歯だな」って、そうやって褒めてくれたのに。あれは嘘で、本当は俺の歯磨きの仕方が悪くて、マキにとって落第点を押されてしまったのだろうか。
「ずっと聡に聞こうと思っていたことがある」
「なんだ。理学部の王子サマ?」
「俺に王族の親戚はいないけど。そうじゃないんだ。俺って、マキに捨てらたんだと思う?」
「ふっは!!」
聡はサングラスを指で押し上げて、腹を抱えて大声で笑いだした。店内の視線が集まり、俺は咳払いをする。
「笑うなよ。真剣に相談してるんだぞ」
「いやあ、すまんすまん。そんな猫か犬のようなことを言い出すとは。お前に擬人化なんていう概念があったことに驚きでな。なんだ? それで毎年授業でもサボっていれば飼い主が戻ってくるとでも? 殊勝なことだ」
「ひどい言い方だ。外国語学部ではそんなコミュニケーションを教わるのか」
「そうだな、お前はそういうやつだ。忠犬廉公。それで、寂しい歯ブラシ記念日が三年目ともなると気分はどうだ?」
「最悪だよ。いつだって忘れられないのに、猶更この日はマキのことで頭がいっぱいになる。マキはどういうつもりなんだろう。俺が黄色い歯ブラシしか使えなくなっていることを、彼の文化ではどんな罰に当たるんだと思う? マキがこうなるとわかっていてやったのなら、あいつは本当に悪魔だ。いいや、虫歯菌だ」
「らしいぞ、虫歯菌」
「歯学部につける徒名じゃないだろ。風評被害だぞ」
健康食品の棚を挟んで、ひょこりとマキが顔をだす。青汁越しに三年ぶりにまっすぐに目を見たのに、すぐに逸らされてしまった。茶色の猫みたいな目は飴玉みたいにまんまるをしている。ああ、やっぱりマキは、笑顔だけじゃなくて、困った顔だって眩しい。
「どうして二人が一緒にいるんだ?」
「袖をまくるな。そりゃ、この菌がうちに転がり込んでいるからだ。おっと、拳は降ろせ。俺はお前とは違って暴力事件を起こすほどにこいつに思い入れはない」
「じゃあ、なんであの時は俺と喧嘩したんだ?」
「お前に思い入れがあったからだ」
「ごめん。俺、聡のことで暴力事件を起こしたことがなくて……その、俺にとってマキは特別なところがあるんだ。聡のことをないがしろに思ってるわけじゃない。親友だと、思ってる」
「こいつ……僕だってそうだと言っているんだよ。やっぱり起こすか? 暴力事件」
「わかった」
「わかるな。おい、こっちに向かってくるな! もういい、埒があかん。二人でちゃんと話し合え。痴話げんか以下のやり取りに二度と僕を巻き込むな。焼肉でも奢れよ?」
「わかった。今貯金を下ろしてくるから待っていてくれ」
「だからわかるな」
焼肉を食べたいと急に言い出したくせ、聡はひらひらと手を振って店を出て行った。何も買わずに、何をしにきたんだろう。
「……あの、さ」
「なに?」
絞り出すように、マキが俺に声をかけてきた。俺に声をかけてくれた。途端に俺は体の中からどろどろ溶けていくような感じがした。
急いで棚を迂回しようとすると、マキは手で制止して、申し訳なさそうに背中をまるめて歯ブラシコーナーにやってきた。そうか、マキにとっても今日は歯ブラシを交換する大切な日だ。彼もここに用事があったんだろう。
「瀧、そういう顔して立ってるの、やめなよ」
「ごめん、退くよ。歯ブラシを選んでくれ」
「そうじゃないんだよ! 歯ブラシなんてどうでもいいんだよ!」
「!」
マキに歯ブラシよりも大事なことがあるなんて思わなくて、俺は固唾をのんで次の言葉を待った。
「ていうか、別に歯学部選んだのもお前が勧めたからだし、俺そんな、歯ブラシに執着してないし!」
「!」
「……ビックリマークだけで返事するのやめてくんない?」
「ごめん、衝撃の連続で……それじゃあ、どうして歯ブラシ記念日なんて」
「ああ、もう、なんでも良かったんだよ。話すきっかけっていうか、仲良くなるとっかかりっていうか、瀧が授業サボったら面白そうだったし」
「面白そう……」
マキは居心地悪そうに特段なにかを買う様子もなく、レジ店の外に向かう。本当に歯ブラシなんてどうでも良かったんだ。歯ブラシに人生を捧げた独特の風習があるわけじゃなかったんだ。
じゃあ、本当に俺が言ったから歯学部に? 俺が言ったことが、マキの中に残って、なにかを選ぶ時に意味を持ってそこにあったってことなのか。それじゃあ、マキの今の生活は、俺と過ごしていなくたって、俺の言葉の結果じゃないか。毎日俺の言葉に影響されて入った歯学部で一生懸命勉強していたなんて、そんな。そんなことって、とんでもなくドキドキしちゃうよ。
俺も同じように手ぶらで、彼の後ろについて行った。マキはふとみんなの輪から出て行ってしまうことがあるから、今もそんな気分だったんだと思う。俺もはやく二人になりたかったから、幸運だった。
無言のまま俺のアパートまで足速に歩くマキの後ろを、俺は機嫌よくついていった。マキのふわふわの後頭部を見るのは久しぶりだ。
玄関のドアを開くと、靴を脱ぐ間もなく襟首をつかまれた。なんてことだ、暴力事件がここで起きるなんて。
「滝廉太郎の弟みたいな名前だって、マキが言ってくれたこと覚えてる」
「今俺、お前の襟を締め上げてるんだけど?」
「うん、嬉しい。マキが俺のこと見てるね」
深いため息をついて、マキは手を放してしまう。服越しでも、鎖骨のところにマキの手が当たっていて体温を感じられたのに。その手がもっと熱くたっていいのに。焼けた鉄みたいにマキの手が痛くたって、俺はそれに触れてほしいって思う。何度か呻いて、頭をくしゃくしゃとかき混ぜて、半笑いの顔でマキは俺を見上げた。呆れた、馬鹿馬鹿しい、どうでもいいや、と少し怒っている時の顔だった。
「あのさ、瀧は俺のこと好きなの?」
「うん、好きだ。マキのずるいところもひどいところも、全部好きだ」
「嘘だあ。だって瀧は好き? って聞かなきゃそう言わないじゃないか。わがままなんて、一つも言ってくれなかった。どこに行きたいか聞いたって俺が行きたいところ、何が好きか聞いても俺の好きなもの、そう答えるばっかりで、全然心を許してくれなかった。それが俺は、ずっと寂しかった」
「マキはいっぱい好きって言われるのが好きなんだね」
「起きるぞ、暴力事件」
マキはもう一度ため息をついて、改めて俺の襟首を掴む。とろとろの蜂蜜、ねっとりしたキャラメル、胸焼けしそうな甘い瞳。今そこには俺だけが入っていて、俺は俺の真っ暗な、おもちゃみたいな、偽物みたいな目と目が合った。
この中に閉じこもりたいな。琥珀みたいに、三千年くらい経って、マキの瞳の中に入った俺が発見されて美術館に飾られたらいいのに。その黄色の中に俺だけ閉じ込めて、他には塵も気泡もない、まっさらな石にしてほしい。
「瀧は俺とキスしたいと思ったことある? ないだろ。俺が聞いてる好きって、そういうことなんだけど」
「考えたこともなかったな……」
でも、今そう言われて初めて、考えてみた。すごく照れ臭いけど、やっぱり嬉しい。俺には縁遠い話だと思ってたけど、そうか。もう成人しているんだし、手とかも繋いで良かったのかもしれない。
「ほらな。そういうの、大事だろ? 合わないとさ」
「でも、していいならしたい」
「いや、そういうことじゃなくてさ。俺に同意してとか、言われたからってんじゃなくて……ああもう。だから俺、出てったのに。あ! それにお前、出ていく時、止めなかったろ? あれから連絡だってしてこないしさ。だから、あれでよかったんだと思った」
「マキだって連絡してこなかった。止めていいって言われたら、俺、止めたよ」
「別に試したわけじゃない。むしろ、わかってたんだ。お前は止めないって」
そりゃそうだよ。マキが思ってる以上のこと、俺は想像もしないんだから。そうならないようにしているんだ。そういうのって、もっと大人にならないとダメだろ? クリスマスの町を歩く恋人たちを見て「お前はああいうの、大人になってからだな」って、そう言ったのはマキだ。
聡は俺を犬だなんて言ったけど、だとしたら、何年「待て」を言われてるんだろう。
「瀧は純粋だから、やさしいから、わかんないんだよ。恋なんて、したことないから。俺がどんなに頑張って、瀧への気持ち我慢してたかって話だよ。別に、お前なんて顔しか好きじゃなかったのに。勘弁してくれよ。違う気持ちだってわかっちゃったら、俺だけ友情を裏切ったみたいじゃん」
泣き出すマキの、ぐしゃぐしゃな顔を見たくてその腕を強引に掴む。そんなこと、今までの俺じゃ絶対にしなかったことだ。少し強気に出てもいいという傲慢さに、支配されているような気分だった。
「わかってないのはマキだ。マキが止めてもいいよって言ったら俺は首輪を買ってきて繋いででも止めたし、マキが連絡しても良かったなら俺は一日五百回だってラインしたかった。マキに嫌われたくないから、いきなりラインから連絡先を消されたくないから、三日で別れたくないから、マキを独り占めしないように我慢した。マキがいいって言うなら、誰とも喋らないでほしいから、舌を引っこ抜きたい。でも、そうしたらマキと話せなくなっちゃうから、しないで我慢しているんだろ」
「怖ぇよ」
「ほら、そう言うから。同じ気持ちじゃないとダメなら、それこそマキの方が俺を全然好きじゃない。どうして同じじゃないとダメなんだ。そんなの無理だ。それとも、マキも俺と同じくらいになってくれるのか? マキの腕も足も吹っ飛んで、どこにも行けなくなればいいんだ。俺が助けてあげなきゃ何も食べられないようになっちゃえば、俺と住まなきゃいられないだろ」
「ンアア」
「どうして猫の真似? かわいい」
マキは黙り込んで目頭を押さえる。そうしてドアから出ていこうとした。俺はすぐに鍵をかけて、手をつくとドアと俺の間にマキを挟んだ。ひゅ、と喉の奥で音を鳴らして、マキが縮こまる。骨ばった、筋肉のついた肩が困ったように俺を押し返す。嫌なら殴り飛ばせばいいのに、マキの方が、多分喧嘩したら俺より強いよ。
「……マキのこと、閉じ込めてもいいの?」
「いや、いや、ダメ。俺、明日レポート提出あるし」
「また一緒に暮らしたい。いいよ、って言うまで帰さない」
「わかったから一回退いて」
手を放すと、ようやく酸素を吸えたように深呼吸して、マキは鞄を肩に背負いなおす。その表情を伺いたくて顔を寄せれば、マキの頬に俺の髪が当たって、くすぐったそうに笑った。
「どこに行くんだ」
「三木のとこ。こら腕をまくるな、俺より先に出ていこうとするな落ち着け。荷物取りに行かないとだろ」
マキの方から俺の手を握ってくれたのなんて、何年ぶりだろう。
「なんで。買いに行ってもいいけど」
「いいから、待っててよ。ちゃんと戻ってくる。俺だって落ち着かないんだ。タキマキコンビじゃないとさ」
「なにそれ」
「いや、俺たちそうやって呼ばれてたろ。ずっとさ。首傾げるな。なんだよお前ほんとに。なんにもわかってないんだな、大事なこと」
「わかるよ、マキも俺のことが好きだってこと。そうだ、いっぱい言ってほしいんだったな。好きだよ、マキのこと、好きだ」
「ンナァ」
「どうして猫になるんだ? 可愛がられたいの? 首輪、買う?」
「いらないよ、バカぁ。あ、待ってろって言っても、玄関で待ってなくていいからな。言わないとわかんないんだからさ」
俺はマキが大荷物を抱えて帰ってくるのを、ドアの外で待っていた。マキは相変わらずため息を吐いて、車から手を振る聡を追いかけていこうとする俺を抱きしめるように、止めた。 わかんないのはマキだよ。だって、少しでも早くマキに会いたかったんだ。その冷え切った黄色の目で、俺を見ていてほしいんだよ。
俺たちのやり取りを見た聡が、いつのなく優しい顔で笑っていて、もしかして聡は俺とマキが一緒にいるのが嬉しいのかな、なんて思ったりした。そんなことが、ちょっとだけわかった気がした。
「あ」
「なに?」
「歯ブラシ買い忘れたじゃん」
「やっぱり歯ブラシは大事なんじゃないか?」
「おかげさまでな!」
まっしろ雪と奇跡の夜
「種も仕掛けもございません」
ワン・ツー・スリー。
あれは、一晩中雪が降っていた次の日のことだった。その日の明け方、屋根の上から時折ぼっ、と音を立てて塊が落ちると、それに合わせて猫のロートが尻尾を揺らしていた。
ロートは赤毛に緑の目のそれはそれはかわいい子猫で、人懐こくて甘えん坊だった。彼を五歳の誕生日にもらってから、僕は毎日可愛がり、ちゃんとお世話もして、とてもだいじにしていた。
その日は十二月も始まったばかりで、僕は朝から大忙しだった。お昼には庭に穴を掘り終わって、たくさんお花を摘み終わった。ロートがお気に入りだった薪ストーブのある部屋はとくに大変で、僕は慣れない掃除道具を使って、壁の絵画の額縁や、ネックレスや指輪や、アンティークのクローゼットやらを綺麗にしなくちゃいけなかった。広い床だって埃一つないように磨き上げた。明日も朝から大雪が降るというから、夜になる前に屋根の雪を全部おろさなくちゃいけない。
大変だったけど、仕方がなかった。僕は今やこの家の主で、全部一人でやるって決めたのだから。
「これは失敬」
だから、突然窓が開いて土足で大人が入ってきたのには本当に驚いた。彼は大きな背丈を折るように丸めるとゆっくりと靴を脱いで、自分が足跡をつけた床を綺麗に拭きなおして、それからこう言った。
「レディス・エン・ジェントルメン。世紀の奇術師、グレイ・サタン・クローズのマジックショーへようこそ」
「もともとママはいないんだ」
「あらそう。じゃあリトルボーイ・エン・ジェントルメン」
「パパも今はいない」
「ボーイ・エン・ネコチャン」
「ロートはパパより先にいないよ」
「君こまかいね」
ステッキを床について、窓からの侵入者は無表情のまま、無感動な声で、ぺたんこの白い袋をいじり始めた。僕はそれを見上げて、あわてんぼうのサンタクロースの歌を思い出していた。真っ白いお髭のおじいさんが、真っ赤なマントを着て、だいたい似たような名前をして、急に現れたから。
おじいさんは僕にねだられて、結局それから一時間、僕に魔法みたいな奇跡のショーを見せてくれた。彼は掛け声と共にシルクハットをくるりと回し、鳩を飛ばしたり、鳩を並ばせたり、鳩を歌わせたり、そこにあったものを消したりしてみせた。
「じゃあそろそろ世紀の奇術師は帰るけど、ついでだからコレも持っていくね」
おじいさんは床の青いシートの上を指さした。
「もっと消してもいいのに」
「世紀の奇術師おじいちゃんだから、もう持てないかな」
そうそう、あの日は窓枠がガタガタと鳴る風の強い日だった。だから、こんなに派手なおじいさんが来たことに僕はまったく気づかなかった。
あかぎれだらけの冷たくなった僕の手に、最後におじいさんはあったかいミルクココアを包ませて、それでショーはおしまいみたいだった。
ぼくは感動で胸がいっぱいになった。なんて素敵なんだろう! サンタがきたのは初めてだった。ぱんぱんになった大きな袋を担いで、おじいさんは振り返る。
「警察に電話しなね」
彼の真っ赤なマントの裾を掴んで、ぼくは手を広げた。これって裏地は白いんだな、なんて思いながら。
「サンタさん、ぼくを弟子にしてください」
「わ、へんな子」
おじいさんはぼくを抱き上げて、窓から差し込む夕日に照らして、そうして薄く微笑んだ。目は死んでいた。
「わ、あれっ!?」
「君、おおざっぱだね」
ぼくがシルクハットからばら撒いた鳩たちを、師匠はそう言いながらステッキで床を叩いて整列させる。
「リトルくん。君、動物に舐められてるよね」
「なんでですかね」
「動物は人間と違って、慣れるからね。体の大きさとか顔の怖さには」
「怖くないですよ僕、師匠ほど目も真っ暗じゃないですし」
「私の目ってそんなに死んでるの」
師匠はふさふさの髭を撫でて、あの頃と同じ無感動な目で僕を見た。
あれから十年経って、僕は師匠と同じくらいに大きな体になった。お手製の滋養料理を毎日食べていたのだから当然かもしれない。さすがに僕はあの日、師匠がどうして僕の家に来たのかなんとなくわかっていた。それでも、今さら弟子をやめようだなんて思わなかった。
明日は僕のはじめてのマジックショーだというのに、僕はまだまだアシスタントの腕前といったところだ。できることと言えばあの頃と変わらず、洗濯と掃除、荷物運び、あとは鹿や熊の解体くらい。
「困ったな。どうしましょう」
「まあ、どうにかなるよ。最後には度胸と腕っぷしがものを言うから」
「言うかなあ」
僕は自分の上腕を見つめてみた。何も言わなかった。
雪が降っていた。冷たい吹雪の中を歩くのに、なるほど師匠のくれたマントは役に立つ。僕は車で待つ師匠に「マジックは度胸。そして君はそれを、初めて会ったその日からずっと持ってるよ」と励まされて、もこもこに膨らんだ鳩たちで暖を取りながら夜道を歩いた。
どの家も、窓から見る明かりにクリスマス・オーナメントが見える。家族が団欒を楽しんでいて、二十五日を待ちわびていた。まだ十二月も始まったばかりなのに、ずいぶんと気がはやいことだ。僕はその中からランプの明かりが消えかかったひとつの家を、ようやく見つけた。
登場は窓から。子どもの目の前に。ちょっと恥ずかしいけど、口上はしっかりと。
「レディス・エン・ジェントルメン。世紀の奇術師、リトルグレイ・サタン・クローズのマジックショーへようこそ」
「でもおにいちゃん、身体がとってもおおきいわ」
「子どもってほんとにこまかいんだなあ」
ぼさぼさの赤毛をのばした少女が、月明かりを背にした僕を緑色の目でみあげる。つぎはぎの服は物語の中の怪物みたいで、だけど少しだけロートに似ていた。
「今宵のショーは、みなさまお待ちかね。奇跡の消失マジック。素敵な驚きをレディに」
「なんでも消せるのかしら?」
「もちろん」
「じゃあ……」
大きな音を立てて部屋の扉が開いた。観客の酒瓶をするりと避けて、シルクハットをくるりと回す。よし、完璧だ。あ、鳩が外に。でもハンカチはうまく使えたぞ。
飛び入りのお客さんが増えて、ナイフとフォークが部屋を踊る。僕はマジック七つ道具、ブルーシートを部屋に広げた。レディを抱き上げて窓枠に腰かけさせると、拳を握った。マジックには手の器用さが重要だと、僕は知っている。器用さというのは、多分拳の硬さのことを言うのだ。師匠もそうだし。
「さて、このマジック。種もしかけもございません。ワン、」
一人目。
「ツー、」
二人目。
「スリー!」
三人目。
パチパチパチ、と拍手が響く。僕は綺麗にお辞儀をして──ああ、最後に渡すココアがこぼれてしまっている。
「ごめん、実は僕まだ半人前で。プレゼントのココアが台無しだ」
「すごいすごい、あっという間だったわ」
僕が七つ道具のブルーシートを畳み、白い袋に荷物を詰めている間、少女はとてもはしゃいだ様子でこちらを見ていた。うーん、展開が読めたぞ。
「ねえ、サンタさんはこの後どこに行くのかしら」
「山だよ。雪が積もる前に戻らないと、今朝の苦労が水の泡だからね」
「わたしも連れていってくれる?」
「大丈夫かい? 怖い熊とか、怖い鹿とかが出るんだよ」
「平気よ。熊なんて怖くないわ。今までの方がずっと、怖かったもの」
「それはそうかもね。でも、熊もけっこう怖いもんだよ」
「平気だわ。だってサンタさんはとっても強いもの」
「てへへ」
僕はマントを裏返して少女を下に隠すと、大荷物で家を後にした。
「わ、増えてる」
裏路地まで駆けてくると、そこには白いアンティーク・カーが停まっていた。エンジンはかかっておらず、師匠は新聞と一緒に買ったココアで暖をとっていたみたいだった。
さっき逃げ出した鳩たちは、師匠の車の中でおとなしく待っていた。僕はトランクに荷物を詰めて、少女を後ろの席にやさしく降ろす。すると、師匠はぬるくなったココアを少女の両手に包ませた。
「そんな気がしたんだよね」
「ココアを零すことまでお見通しでしたか」
「君、おおざっぱだからね」
「ねえおじさま、私、はやく山に行ってみたいわ」
「そう。別に面白くないけどね」
ぼうん、と音を立ててエンジンがかかると車は走り出す。町には雪が降り始めた。今朝掘った穴が埋まらないといいけど。
弟子名をロート、と名付けられた少女が僕のベッドに飛び跳ねにきたのは翌朝のことだ。
「おにいちゃん、昨日のことが新聞にのってるわ」
「本当かい? 僕も有名になったもんだ」
あの日も、次の日に号外が出たのだった。見出しはたしか「怪盗赤マント、ついに一家全員ごと盗む」だったかな。僕の一世一代の大仕事はなかったことになり、世紀の大怪盗の盗難被害の一部になってしまったのだ。さてさて、つまり僕が新聞に載るのは初めてになるわけだけど。
「ええー……」
「見出しを当ててあげようか。“町に熊出没! 無残にのこされた被害者の足!”とかじゃない?」
「なんでわかるんですか」
「君、おおざっぱだからね」
「もっと細かく教えてくれませんか。なんで足置いてきちゃったんだろう」
「山の恵みをもらってるから、とかリトルくんよく言うでしょ」
「はい、言いますね。山は人間のものじゃないし、動物とは共存しないと」
「その動物用にって、解体した一部をそのまま残しておそなえするのが癖になってるからね、君」
「ああ……」
僕の初仕事は熊の仕業となってしまったようだ。ロートはくすくすと笑って僕の足に絡みついてきた。師匠のようになるのはまだまだ先みたいだけど、あの日失った家族が戻ってきたみたいで、僕はとても幸せな気分になった。
僕たちの飛び込んだ線路
僕は赤信号にクラクションが鳴る車道を横切り、ガードレールにもたれかかるようにして歩道に転がり出た。
自分の身体など開いて見てみたことなどないというのに、実感として骨が内臓を突き破っていることがわかっている。そう長くないこれからの人生のことなど考える意味も最早なかった。
道行く人々が好き勝手に悲鳴をあげたり電話をしたりする真ん中で立ち上がり、申し訳程度に脇腹を抑える。血液と一緒に大腸がこぼれそうだった。
止めようとする人間を振り払って路地裏に身を隠す。おあつらえ向きの室外機に殆ど寝そべるように腰かけて、屋内のテレビかラジオの音を探した。古臭い建物で良かった。壁越しに聞こえる報道を聞く限り、僕は心中未遂の人間として取り上げられているようだった。
多分、今頃持田のやつが回収されているのだろう。今回は少し派手にやりすぎた。
僕と持田は生存クラブのメンバーで、日々人生をこなすために真剣に考えて生きて来た。生存は大変だ。持田は実際死んでしまったし、僕ももう長くない。
僕たちは生きている実感を得るために様々な方法で自分を痛めつけて来た。わざと孤立していじめの標的になってみたり、テストの答えをちぐはぐにして教師に叱られたりした。
僕たちの活動は僕たちが生きる難しさを学ぶのにとても手っ取り早かったし、その上そういう苦しみの中にいる奴らにとっては救世主みたいだったらしい。去年までクラスの村上さんがずっといじめられていたけれど、持田が代わりになったおかげで、もう普通に生活している。
僕たちはもっと上の段階に進んでみたくなったのだ。二人で、もっと生きることの難しさを勉強しておこうと思った。
なにせ来年からは大学受験、その先には就職、成人、など様々な苦しいイベントが待ち構えている。群れからあぶれた羊のような、僕たち軟弱ものからすると世間は厳しすぎて、予習と復習を繰り返して慣らしておかないと、おそらく生き残れない。
世間の不特定多数に責められる方法は一体なんだろうか。一番痛いのは、どんな痛みなのだろうか。それらをある程度経験しておかないことには、これから先の人生を歩いていく足取りが、重くなってしまいそうだった。
だから僕たちは線路に飛び込んだ。
踏切を乗り越えて、横っ面を叩かれてそれなりに入院も経験するつもりだった。今までも二階くらいの部分から飛び降りたり、互いに意識を失うまで首を絞め合ったりした。僕たちは絶対に自殺する気はなかった。人よりも多く訓練をしていたに過ぎなかった。痛みを十段階に分けて記して、交換日記みたいにレポートも作っていた。
僕がなんとか起き上がって、どのくらいに痛みを感じたか尋ねようと持田は答えなかった。
持田は首がひん曲がったまま、首の皮が伸び切っていた。頭は半分の大きさになって、頭蓋の部分が捲れて千切られたみたいに頭上部分に転がっている。腕は背中側に降り曲がって鳥の翼みたいになっていて、足はなかった。人間を精一杯頑張ろうとした筈の持田は、もう、人間とは呼べない姿になっていた。その姿を見て僕は思った。
——持田は、天使になったんだ。
世界のチャンネルが切り替わるみたいに、キャンバスを一回塗りつぶして上から書くみたいに、僕の認識が開けていくようだった。
人間がうまくできない人は、もしかすると天使には向いているのかもしれない。僕たちは生きることに躍起になっていたけれど、心のどこかで自殺した人を理解できなかったり、惜しんだりしていた。でも、それは失礼なことだったのかもしれない。
もしも天国に行くのに大きな傷が必要だったのなら。持田のポケットから出てきた将来に絶望した手紙も、きっと意味があった。
僕はどこかの誰かの室外機を赤く染めながら、持田の綺麗な最後を思い出していた。そこへ薄汚れた老人が近づいてきて、僕を蹴り転がすとコートを剥いで逃げ去っていく。一層外気の染みる脇腹を抑えていた掌を退かせば、ぽろん、と腸がはみ出て来た。それを見て、笑いがこみ上げてくる。腹筋を動かすと痛くてたまらないのに、どうしても止められなかった。
だって、まるで豚かネズミの尻尾みたいだ。これじゃあ天使には程遠い。
間に合ってしまった救急車のサイレンを聞きながら、僕は地面に転がった。まだまだ僕は家畜のままだ。歯車ってほど硬くなくて、だけど贄になるために生まれてきて、自分が死ぬまで生きることを続けるのが当然だと思っている。
だから、痛む腹を抱えて、もっとうまく生きる方法を探さなくてはいけない。頑張った分だけ、蔑ろにされた分だけ、天国に近づけるってことにしないといけない。そうしてできた傷だけが、天国の門の入場パスだって、敬虔に信じながら。
僕たちの飛び込んだ線路/天国の痛み(即興小説お題)
ウイルスの種まき
直近三作について、いろいろお話してしまう。
「パンスペルミアのペンギンが見えるか」
最初の仮題は眼石病でした。
当初はアイズトゥアイズで同じ病の人間が出会い、引力で惹かれあうと傍で人が死ぬ話でした。がんせきって読めるなってところから発想が広がっていて、隕石のお話にしようと決めました。
そこからは日本に隕石が落ちた年を調べて行って……という風にノッていった感じです。途中までは人の死を予見する病の予定で、どこに行っても死が見えてしまう、神様からの最悪な善意のプレゼントみたいに描いていました。
二人きりで誰もいない土地に逃げたら今度は草木の死を予見して、どこもかしこも隕石が落ちてきて滅亡することに気づく……という話のつもりでした。でも、アドベントカレンダーは私を知らない人も見るので少し柔らかいテイストに差し替え、同じ世界系なら冬の寂しさをもう少し綺麗に澄んだ感じに描きたいなと変えていってああなりました。
どうせなら南極の日なので南極要素もいれたいなって。私は前にもCoCのシナリオで南極の話を作っているのですが、そこでも氷の下に人間の始祖が眠っていたりします。てけりり鳴くあいつです。一白界談にも出してしまったあいつです。
南極って干渉を受けない地域で観測が行われているのがいい。北極にペンギンはいない、というのも好きです。まあちょいと調べただけなので浅薄極まりない知識なのですが。 そうしてまた懲りずに理系への憧れを拗らせて宇宙の話を書いたわけです。
パンスペルミア説(宇宙播種説)——地球の生命の起源は宇宙より飛来した隕石にくっついていたウイルスであるという説です。地球で生命が自然発生した説への否定であり、どこかコウノトリ的です。ブラックボックス感のある説なんですがとても好きです。隕石にはアミノ酸がくっついてるんですけど、地球だと自然発生的にアミノ酸が生まれるのは難しいんですって。そして生命になりうるアミノ酸はL型というそうなんですけど、Lってペンギンみたいでかわいいですね。そんな発想で世界を滅亡する小説を書かないでほしいものなんですけど、神様ってそういうものだと思います。
アミノ酸からなんでスープになるんだって話なんですけど、アミノ酸って単語ってうまみ感が強いじゃないですか(?)うまいスープに満たされた地球が見たいです。大きいケーキで寝たいみたいな願望です。
どうでもいいけど年上の女性を呼び捨てにする男の子ってかわいいですよね。お互いの願いを叶えたくて神様にお願いするの、無邪気に新しい生命を生み出して生態系を変えるの、不気味で好きです。
神様は宇宙をいくつも運営、観測している神様です。カナメさんという、昔に作った四季と人間を愛玩する神様です。昔は自分の創った世界に降り立って聖職者としてマッチポンプ的にお告げをしたりしていたのですが、特に気に入っていた人間ばかり破滅に向かうので傍にいるのってよくないのかな? と気づいて外側に行きました。でもやっぱり人間が好きなので、それぞれのほしに自分とは関係ない神様を生み出したり、自分にそっくりだけど自分の自我とは関係のない複製体(天使)を放ったりしています。この地球ではそのアダムは多分死んでますね。
ほしの保証年数が過ぎると溶かしたり凍らせたりして、ラーメン屋秘伝のスープみたいに人間たちを継ぎ足し継ぎ足し、彼の方法で大事にしています。私は迷惑な神様が好きなのでね……。
無用な読者への混乱を招きたくないので、天子ちゃんはあまり動じない子なんですけど、動じなさが図太さではなく疲弊と摩耗によって生まれていたらいいなと思いました。よくはない。
疲れた社会人、水族館にいきましょう。
「恋とはどんなものかしら」
デスゲームが好きなんです。死を前にした状態を人間の本性だというつもりはありませんが、間違いなく人間の言動の一部ではあると思います。あと、デスゲームってトリックとか伏線とかあるし、好きです。観光バスの日で何か書けないかと思った時に、移動している閉鎖空間でのデスゲームいいなって思いました。冬でクリスマス前なので恋の話を二つ書きたいなとは思っていたので、パンスペルミアとは趣向の違うことをやりたかったんです。読む人も同じ作者の同じ恋愛話なんて連続で読んじゃいられないかもしれないので、恋愛デスゲームです。
恋って思ってすぐに恋とはどんなものかしらが出てきて、フィガロの結婚は喜劇なものですからこのデスゲームも喜劇でなければと思いました。女装要素もですね。これを書きだした頃にAI婚活とか出てきて思想の強そうな話になりそうで怖かったです。
とはいえそもそも私のお話って思想は強くあって、強い思想選択ゲームみたいなことになってるんですよね。これらの思想置いときますので、好きな思想を選んでね、という。選択、返答が人生のテーゼであると思っています。答えの出ない問に答えを出さずしてなにが人生か。
当初からまさかの運転手オチ、というのは決めてありました。運転手さんって、私たちにとってちょっと他人の雰囲気が乗客より強いでしょう。ガイドさんは乗客よりちょっと近いですし。なので、気取られないけれど出席はしています、というような伏線の張り方に悩みましたね。エミリたちなんか完全に精神の形が執筆になってゴーストライター状態で書いている時に出て来たので、誰だお前はって思いながら書いてました。
あと、恋って交通事故みたいにドーンと跳ね飛ばしてくるのでバスはちょうどよかったです(?)
このお話は以前作ったCoCのお話の前日譚的なものです。それを知らないでも気持ちよく読めるように書いてます。バスに乗って神話的冒涜的ゲームに行く話なので、繋がったぞと思った瞬間からは考えやすかったです。バスガイドさんはこの話の後に見事部署を変えてもらえますよ。よかったでますね。
“ある時は喜びだけど、ある時は苦しみ”になる、とは恋とはどんなものかしらの歌詞ですが。デスゲームだって恋だって切れ味を確かめるみたいに突然襲ってきて、試してくるんですね。そして“でも楽しいんです。こんな悩みが”と続く。なしくずし的に、選択肢なく選んだように思える最後の場面、けれど鈴原も最初に運転手さんという選択肢が浮かんだ時にこれしかない、と思えた。それは後付けだったとしても、あなたしかない相手を見つけた、そんな一瞬だったのだと思います。
恋とは、そんなものでしょう。
「穴を埋める女」
meeさんのお誕生日本の穴埋めページとして提出するつもりだったので、当初からダブルミーニングする気満々でした。結果的にどえらい長さで穴埋めというかほとんどのページを閉めました。馬鹿ですね。自分で掘った穴を自分で埋める人間が愛おしくて好きです。墓穴が好きですね私は。
これは普通に読むと、お話を書くすべての人への呪いなのですが、「meeさんのお誕生日に書いた話」「最後に署名がある」「マルヤはmeeさんにクリスマスプレゼントでオーナメントをもらったことがある」「マルヤはとにかく顔がいい男が好き」という鍵を使って開けると、どこかの未来で人生を消費しているマルヤからの手紙というお話になります。
そのマルヤはmeeさんと友達ではなくなってしまい、人を喜ばせたくて書いていたことなど忘れたように人を苦しめてお金を稼いでいます。そしてそれでも生きているということだけを知らせる手紙を出しています。助けて、とは言わないプライドだけを握りしめている私からの、忠告じみた報告の手紙です。
なんということでしょう。これは「お前が私と友達をやめると、あるいは私はこうなるぞ」という脅迫なのでした。最悪ですね。あとジョークでもなんでもなく、私は自分のためだけだと日常生活をこなせないので、IFというには近すぎるどこかの未来のお話で笑いごとじゃないんですね。こんな呪いを友人に課すのではない。怖いね。
でもこれを嬉しいです、と受け取ってくれる彼女なので、私は大手を振ってこういうのを書いて私らしくいられているんです。そういう気持ちも込めています。いまのところ、あなたがいるので私は面白い話を書いていられます。
と、だらだらと解説や執筆当時の苦悩などを書いてみました。たまにこういうことすると楽しいです。きっとしばらくしたらこの感情も忘れてしまうので、備忘録かもしれません。
お付き合いいただき、ありがとうございました。そもそもお話自体が全部長い話でしたしね。こんなところまでよくぞ読んでくださいました。
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