僕たちの飛び込んだ線路
僕は赤信号にクラクションが鳴る車道を横切り、ガードレールにもたれかかるようにして歩道に転がり出た。
自分の身体など開いて見てみたことなどないというのに、実感として骨が内臓を突き破っていることがわかっている。そう長くないこれからの人生のことなど考える意味も最早なかった。
道行く人々が好き勝手に悲鳴をあげたり電話をしたりする真ん中で立ち上がり、申し訳程度に脇腹を抑える。血液と一緒に大腸がこぼれそうだった。
止めようとする人間を振り払って路地裏に身を隠す。おあつらえ向きの室外機に殆ど寝そべるように腰かけて、屋内のテレビかラジオの音を探した。古臭い建物で良かった。壁越しに聞こえる報道を聞く限り、僕は心中未遂の人間として取り上げられているようだった。
多分、今頃持田のやつが回収されているのだろう。今回は少し派手にやりすぎた。
僕と持田は生存クラブのメンバーで、日々人生をこなすために真剣に考えて生きて来た。生存は大変だ。持田は実際死んでしまったし、僕ももう長くない。
僕たちは生きている実感を得るために様々な方法で自分を痛めつけて来た。わざと孤立していじめの標的になってみたり、テストの答えをちぐはぐにして教師に叱られたりした。
僕たちの活動は僕たちが生きる難しさを学ぶのにとても手っ取り早かったし、その上そういう苦しみの中にいる奴らにとっては救世主みたいだったらしい。去年までクラスの村上さんがずっといじめられていたけれど、持田が代わりになったおかげで、もう普通に生活している。
僕たちはもっと上の段階に進んでみたくなったのだ。二人で、もっと生きることの難しさを勉強しておこうと思った。
なにせ来年からは大学受験、その先には就職、成人、など様々な苦しいイベントが待ち構えている。群れからあぶれた羊のような、僕たち軟弱ものからすると世間は厳しすぎて、予習と復習を繰り返して慣らしておかないと、おそらく生き残れない。
世間の不特定多数に責められる方法は一体なんだろうか。一番痛いのは、どんな痛みなのだろうか。それらをある程度経験しておかないことには、これから先の人生を歩いていく足取りが、重くなってしまいそうだった。
だから僕たちは線路に飛び込んだ。
踏切を乗り越えて、横っ面を叩かれてそれなりに入院も経験するつもりだった。今までも二階くらいの部分から飛び降りたり、互いに意識を失うまで首を絞め合ったりした。僕たちは絶対に自殺する気はなかった。人よりも多く訓練をしていたに過ぎなかった。痛みを十段階に分けて記して、交換日記みたいにレポートも作っていた。
僕がなんとか起き上がって、どのくらいに痛みを感じたか尋ねようと持田は答えなかった。
持田は首がひん曲がったまま、首の皮が伸び切っていた。頭は半分の大きさになって、頭蓋の部分が捲れて千切られたみたいに頭上部分に転がっている。腕は背中側に降り曲がって鳥の翼みたいになっていて、足はなかった。人間を精一杯頑張ろうとした筈の持田は、もう、人間とは呼べない姿になっていた。その姿を見て僕は思った。
——持田は、天使になったんだ。
世界のチャンネルが切り替わるみたいに、キャンバスを一回塗りつぶして上から書くみたいに、僕の認識が開けていくようだった。
人間がうまくできない人は、もしかすると天使には向いているのかもしれない。僕たちは生きることに躍起になっていたけれど、心のどこかで自殺した人を理解できなかったり、惜しんだりしていた。でも、それは失礼なことだったのかもしれない。
もしも天国に行くのに大きな傷が必要だったのなら。持田のポケットから出てきた将来に絶望した手紙も、きっと意味があった。
僕はどこかの誰かの室外機を赤く染めながら、持田の綺麗な最後を思い出していた。そこへ薄汚れた老人が近づいてきて、僕を蹴り転がすとコートを剥いで逃げ去っていく。一層外気の染みる脇腹を抑えていた掌を退かせば、ぽろん、と腸がはみ出て来た。それを見て、笑いがこみ上げてくる。腹筋を動かすと痛くてたまらないのに、どうしても止められなかった。
だって、まるで豚かネズミの尻尾みたいだ。これじゃあ天使には程遠い。
間に合ってしまった救急車のサイレンを聞きながら、僕は地面に転がった。まだまだ僕は家畜のままだ。歯車ってほど硬くなくて、だけど贄になるために生まれてきて、自分が死ぬまで生きることを続けるのが当然だと思っている。
だから、痛む腹を抱えて、もっとうまく生きる方法を探さなくてはいけない。頑張った分だけ、蔑ろにされた分だけ、天国に近づけるってことにしないといけない。そうしてできた傷だけが、天国の門の入場パスだって、敬虔に信じながら。
僕たちの飛び込んだ線路/天国の痛み(即興小説お題)